ベルサイユ~ナルボンヌ 938Km(SS11km) 一睡もできなかった。
興奮しているせいではない。腹が立って眠れなかった。こんなにも怒りを覚えたのは久しぶりだった。さっそく勃発した私と友川の意見の相違。ナビは私だ!私にも去年「完走」した経験があるんだ!いつまでも馬鹿扱いされたら、そりゃ、誰でも怒るだろう。こんなんじゃ気持ちよく臨めないよ!と心が叫んでいた。
…原因はたった数枚の地図にあり。
目を真っ赤に腫らしたまま、午前8時40分のスタートに間に合うようようにホテルを後にした。
歩いて数分のベルサイユ宮殿前の広場にパークフェルメがある。まだ朝も明けきっていないというのに、すでに多くの見物人でごった返している。人々をかき分けるようにマシーンに近づく。私たちのパジェロは雨粒に飾られ、キラキラと輝いていた。
キレイ・・・・。
素直にそう思った瞬間、私のイライラは少しずつと溶けてなくなっていった。
・・・・開き直りに近いかもしれないけど。 私の役目が何かをもう一度考え直さなきゃ。ドライバーを気持ちよく走らせるのもナビの仕事なんだと自分に喝を入れる。 この2~3日、私の思考は同じようなところを行ったり来たりしているのもよくわかっている。パリに着いてからずっとざわついたままだったが、こんなイガイガ、ゴタゴタは今までにも何百回と繰り返している。スタートしてしまえば全てなかったことのように走れるだろう。そこが私と友川のいいところだ。
うん、よし!

それに、イライラしてばかりいられない。スタートまでにコマ図からウエイポイントを拾い出し、GPSに入力しなければならなかった。入力作業はそう難しくもないが、眠いのと、ギャラリーのたくフラッシュで目がチカチカして少し手こずった。 もうすぐ入力が終わるというとき、誰かがドアをノックした。
南アフリカ共和国から参戦しているナビだ。
「それが終わったら、俺のもチェックしてほしいんだ。ちゃんと動くか不安なんだ」
一瞬、身長が2m近くあるこんなに大きな男の人でも、緊張するんだ・・・・って、ちょっと不思議に思った。「OK! 2分でいくわ!これでも舐めながら待ってて!」
そう言って、ポケットに忍ばせておいたキャンディーを彼の掌にのせた。
「Thank you! You are my star!」
彼は照れたように笑い、小走りで戻っていった。 「スター」だって・・・・。南アフリカではそう表現するんだ・・・。でも、そのセリフを受け取る方が恥ずかしいんですけど・・・・(^^;)
人ごみに消えていく彼の大きな後ろ姿を目で追いながら、すでに、それぞれのドラマがスタートしていると気がついた。
その間にも、色とりどりにカラーリングを施し、様々なスポンサーのステッカーを貼った競技車両が、次々とベルサイユ宮殿前をスタートしていく。 4輪のトップをきったのは、去年の勝者、篠塚健次郎氏だ。 珍しく緊張しているように見えた。当然、2連覇というのが氏の目標なのだろう。早くも戦いモードに入っているのか、氏の周りには近寄りがたいオーラが漂っていた。
私も話しかけるのはやめて、軽く手を振り、「がんばれ!」の合図を送った。篠塚氏は無表情に頷いただけだった。
篠塚氏がスタートして2時間。
いよいよ、エンジンを温める時がきた。
ところが!友川が何度キーを回そうと、私たちのマシーンはエンジン始動を拒んだ。
「バッテリー?!」
「違う!セルは回ってる。」
「キルスイッチ(全ての電源をOFFにし、転倒時など、外からでもエンジンを切るスイッチ)は?」
「ちゃんとオンに入ってる・・・・」
友川の返事を聞き終わらないうちに、私は三菱のメカニックを探しにナビシートから飛び降りた。
走りながら時計を見ると、スタート30分前だった。
手のひらに汗がにじんでくるのがはっきりとわかった。
広場には人があふれかえっている。人波をかき分け、サポートカミヨンまで走った。
こんな時に限って英語の話せるメカニックが見つからない。誰でもいい。
片言のフランス語と身振り手振りでエンジンがかからないことをなんとか伝えた。
ボンネットを開けて中を覗き込むメカニック。・・・・原因がはっきりしないまま時間だけが過ぎていく。
あっという間に私たちの周りは、数人のメカニックと、それを見守る観衆達でゴチャゴチャになっていた。
刺すような寒さの中で私も友川も無言のままだった。
昨日、ある新聞記者から「運という言葉を信じるか?」と、問われた。なんて変な質問をするんだろうと思っていたが、メカニックの一挙一動を見守りながら、今またその質問が頭の中で繰り返されている。
10分過ぎてもエンジンはかからない。
これ以上、時計の針を目で追うのを拒否した。間に合わなかったら、という思いも打ち消した。
「お願い!かかって!」
友川が呟いた。
信じる。私は「運」を信じる。ここでスタートできないはずがない。
そう思ったのとほぼ同時に、私たちのマシーンは「ブオーン!」という轟音とともに目覚めた!
周りから拍手が沸き起こった。
何が何だかわからないまま、今まで押し殺すように溜めていたグルグル巻きになった感情が二筋の涙になってこぼれおちた。もう、これで、これまでのギクシャクした感情は全て洗い流されたように思えた。
メカニックにお礼を言い、原因を尋ねると、やはりキルスイッチの接触が悪かったのだという。
時計を見るとスタート10分前を切っている。
「早く乗れ!」
メカニック達はマシーンを「アレ(行け)!アレ!」と言って叩きながら私たちを送り出す。
観衆の中に昨日の新聞記者を見つけた。彼と目が合った。
「やっぱり私、運、信じますよ!」
そうして怒涛の一幕が上がった。無事にポジウムに上り、私たちは一度トロカデロ広場まで北上したあと、国道20号で今年1本目のSSが行われるラ・シャトルまで320キロほど南下した。
その頃には今朝のことも、それまでのこともすっかり忘れていたし、最大の悩みは睡魔だけとなっていた。すっきりしない天候の中、スタート待ちしていると、68台以下は走行不可能なのでSSがキャンセルになったとオフィシャルから通達があった。連日降り続いた雨のため、コースが大荒れらしい。あのラルティーグでさえ泥に捕まったらしい。オフィシャルの誘導に従い、大観衆の中をすり抜けるように、今夜の目的地であるナルボンヌに向かうことになった。後で聞くところによると7万人ものパリダカファンがあの場所に集まっていたらしい。
ヨーロッパのモータースポーツ熱は想像以上のものだ。