2009年10月18日日曜日

1月14日  レグ13 Deep Blue eyes

ネマ~ティジクジャ 751km(SS747km)


 レグ13の今日、故ティエリー・サビーヌが1985年に発見し、初めてナビゲイ-ション走行を行った当時と同じルートを走る。由緒あるステージを走るというのに、ワクワク感が足りない。絶対的に睡眠不足で、全てにおいて感覚が鈍くなっているように感じる。


 そんな状態だったのでスタートしたばかりの15km辺りでついにミスコース。すぐに気がついて引き返してもらったが、愚鈍な自分に腹が立って仕方がなかった。今日のステージは、GPSを追うよりも正確にルートブックを解読することが重要だって昨日のブリーフィングで言われていたじゃないか!轍に惑わされないようにしなきゃならないのに!一瞬の判断ミスがミスコースにつながり、タイムロスにつながってしまう・・・・。かなり落ち込む・・・・。


「私のスタックに比べたら、どうってことないよ!」


友川のこの言葉がなければ、しばらくは自己嫌悪に陥ってなければならなかっただろう。


・・・・私たちのマシーンに車載カメラが乗っかっていなくてよかったって思う。こういう青春ドラマみたいなこと、後で見たら恥ずかしすぎて笑いが止まらなくなると思う。







・・・・ドライバーはドライバーの辛さを、ナビはナビの辛さをかみしめながらゴールを目指す。
心と体を酷使しないとつかみとれないゴール。だから、耐えることに限界がなくなっている・・・・。


 スポーツの世界ではよく「心・技・体」と言うけれど、全くその通りだと思う。「完成された自分」、「理想の自分」という意味でもそうなのだろうが、ラリーの場合、1秒1秒を真剣に、「心」と「体」そして「技」に取り組まないとならない。私の中ではこの3つがレース中における理想的状態の棒グラフのようになっている。日々、同じことの繰り返しのようだけど、その繰り返しの中から「得ること」と「捨てること」を学べばいい・・・・。


色々なことを考えながら、その後は何事もなく進んでいた。


できることなら、あと5ミリでもいいからアクセルを深く踏んでほしかったくらいで・・・・。


そんなふうに進んでいた353km地点・・・・・、突然にマシーンが吠えた!


バホ~~~~ン!!!!


回転数が一気に上昇・・・レッドゾーンにまで達し、もの凄いエンジン音。


マ、マシーンが吠えている(><;)

いったい何が起きた?
エンジンを止め、ボンネットを開けてみたが、何もわからない。

 もう一度エンジンをかけなおすと、何事もなかったように、いつものエンジン音にもどっている。
「?????」
運転に支障はなさそうだ。なんだったんだろう???? 

この「なんだったんだろう?」は、後に 私たちを焦らすことになるのだが・・・・、この時は「何故?」を追求するより先に進んだほうが賢明だと判断した。ここまで来てマシーントラブルで泣くなんて絶対に嫌だ。しばらくの間、マシーンの機嫌を取るかのように押さえた走りをするしかなかった。

 だが、まだ今日のコースの半分ほどしか走っていない。こんな走りで大丈夫なはずがない。少しずつスピードを上げるように促すが、時間が進むにつれ友川は何度もスタックを繰り返すようになっていた。私は、ついに友川の疲労がピークに達してしまったのだと思っていた。




 何度も何度もスタックを繰り返し、「象の岩」と書かれたポイントになんとかたどり着く。

確かに・・・・・巨大な象がそこにいた。なんという景色・・・・・。自然は素晴らしい芸術を生む。

できることなら、この感動的な景色を堪能したかった。あの巨大な岩の下に立って空を仰ぎ見ることができたらどんなに素敵だろう・・・・。

近くに村が見えた。こんな景色に囲まれて生活している人々がうらやましかった。きっと心もきれいなんだろうな・・・などと考えられたのはほんの一瞬で、私たちのマシーンは柔らかい砂の上をウゴウゴと進んではスタック・・・・。それからは、スタック。掘る。押す。追いかける。スタック。掘る。押す。追いかける・・・・を、何度も何度も繰り返した。本当にへとへとだった。30分以上かけて砂を掘り、やっと脱出したかと思うと、1メートルも進まずにまたスタック・・・。たった何十メートルに相当な時間を費やしている。この調子では私の視界の中から象の姿が見えなくなるまでには相当かかりそうだった。すると、・・・・どこからともなく2人の女と数人の子供たちが近寄ってきた。フランス語にには聞こえなかったが、何を言っているかはすぐに想像がつく。「手伝ってあげるから、何か物をよこせ」・・・だ。一体、誰がこんなシステムを教えてしまったのだろう?せっかく心のきれいな村人達を想像していたって言うのに、台無しだ。

「お金も、あげる物も何もないから手伝わなくていい!」

彼女たちを完璧に無視しながら砂を掘り続けた。

・・・ヘトヘトとになりながら砂を掘り、ようやく脱出を試みたが30センチほどしか動かない。無情にもタイヤが砂深くに沈み込んだだけだった。

すかさず、彼女たちは、「だから、何かくれたら手伝うって」、みたいなジェスチャーを繰り返す。

悔しかった。私のささやかな想像が打ち砕かれたことと、無慈悲に過ぎていってしまう時間が私に悔し涙を流させた。

「あなたたちは物やお金をもらわないと、困っている人を助けないの?邪魔だから帰って!」

いい加減頭にきて日本語でどなり散らした。彼女たちは一瞬怯んだが、それでもその場を立ち去ろうとしない。

「もうやめてー!」

そう叫んだのは友川だった。え?一体どうしたんだ?いつも強気のはずの友川が涙声になっている。

・・・どうだっていい。泣きたいんだから泣かせよう。2秒ほど間隔をおいて私もつられたようにワーワー泣き叫んだ。・・・私も友川も、耐えながら戦ってきた疲れや、心の中の行き場のない感情を一気に吐き出し、村人たち八つ当たりをているみたいだ。・・・・泣きたいときに泣くって気持ちいい。数分もしないうちに、いつしか二人ともわざと「わーっ!」とか、「ギャーッ!」とか言いながら砂を掘っていた。なんだかおかしくなってきてクスクスと笑いだす。・・・・その様子が奇異に映ったのだろう。女の人たちはそれ以上何も言わなくなり、私たちのことをただ見ているだけだった。

 私たちの叫び声が村にまで聞こえたのか、2人の男がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。頭のターバンも身につけている民族衣装もきれいな青色・・・・。トアレグ・ブルーだ。それを見て、またモーリタニアにも追ってきていたことを思い出す。

 女たちは彼らに向かって何かを言い、彼らも何かを言い返す。そして、ためらった様子もなく砂を掘るのを手伝いだした。通じるかどうかわからなかったけど、手伝ってくれても何もあげられないことをフランス語と英語と日本語を混ぜて伝えてみた。・・・目が合う。男がなだめるように優しく頷いた。

・・・・譬え様のないくらい美しい目を持った人。何もかもを見透かしてしまうような、深いブルーの目。言葉ではない何かで語りかけてくる。それに応じるように、私たちは無言で砂を掘った。女たちは去って行ったが、残っていた子供たちも手伝ってくれて、ようやくシビアなスタックから脱出することができた。大きなオレンジ色の太陽がかなり傾いている。もうあと10分もしないうちに日が落ちるだろう。急がなければ・・・・。何もあげられないことをわびて、私たちはこの砂漠の民に別れを告げた。

なぜか切なさに近い安堵を感じていた・・・・。

きっと、私は、あのディープブルー・アイズを忘れることはないだろう。

あの目の美しさはこの砂漠の美しさに匹敵していた・・・・。

2009年10月14日水曜日

1月13日 レグ12 痛すぎ・・・・。

トンブクツウ~ネマ  566km(SS551km)

 スタートしてすぐに砂丘越えがあった。
「これはもう勢いよくアタックしていくしかない!」
という友川の裏をかいたように、3つ目の砂丘がすり鉢状に下っていた。
「うわーっ!!!」
友川は叫びながらこの危険を回避しようとしたが、勢いのついたマシーンをコントロールしきれずにそのままマシーンの頭から砂丘下に突っ込んでしまった。

・・・・首にかなりの衝撃(ToT)

マシーンはどこも傷めずに済んだが、その後のキャメルグラスを走らされるステージでは2人共どうにもならない首の痛みを抱えて走らなければならなかった。

 ヘルメットの重みで傷めた首が悲鳴をあげる。
両手で頭を支えるしか方法はなかったが、とにかく痛くて、辛くて・・・・。

辛すぎて、この先のことはほとんど覚えていない・・・・・。

 やっとの思いでビバーク地に着くと、9ページにも及ぶルートブックの書き換えが私を待っていた・・・・。地獄だ・・・・。

 大抵のことは我慢してしまう私だが、この首の痛さだけは我慢できない。我慢できずに「魔法の手を持つ男」と呼んでいるトレーナーの元へ駆け込んだ。

「首の2番目の骨がずれてました。一応、もとに戻しておきましけど、重症なので気をつけてください。」
・・・こいつは天然か?
「あのね、私は明日も重いヘルメットかぶって一日中マシーンの中で揺られっぱなしなのよ! どう気をつけろって? それでも大丈夫なように治して!」
そう、突っ込みながら首を回すと、嘘みたいに痛みが消えていた。

「お~~~っ!痛くないっ!」
「はい。大丈夫なように治しておきました。けど、気を付けてください!」
「・・・・はい。気をつけます。」
この子の手は本当に魔法の手だ。

自分のテントに戻って時計を見ると、すでに4時半。
また2時間しか寝られない・・・。

それでも、こんな風にボロボロになりながら戦っている自分が心地よかった。

本日の順位は45位。総合50位。

2009年10月13日火曜日

1月12日 レグ12 やればできるじゃない!

ガオ~トンブクツウ 420km(SS411km)

 ほとんどのカミオンは昨日の夜中にガオに到着したらしい。無事でよかった。

 今日は、今大会で最もイージーなコースで、ニジェール川に沿って進む。
スタート待ちをしていると、子供たちが束になって物乞いにやってくる。
ガオは貧しい町なので、あげられるものは何もないと追い払っても、執拗に「Donnez-moi un gatau(ドンネモアアンガトー)攻撃」を仕掛けてくる。どうしても「どうもあんがとー」に聞こえて仕方がない・・・。これは、「お土産をくれくれ攻撃」だ。マシーンの乗り降りの瞬間にボールペンなどを狙った手が伸びてきて、そりゃもう大変な騒ぎになる。
 ここで甘い顔をしたらアウト。飴などあげたりしたら、もっとくれくれ、と子供たちに襲撃される。

 子供たちとのバトルは疲れるので、協賛していただいた学生援護会anのT-シャツを報酬にボディーガードを雇うことにした。ラッキーにも私たちに選ばれた2人の男の子たちは、その辺にあった木の棒で私たちに近寄ろうとする子供たちを追い払ってくれた。まだ中学生くらいの子供なのに中々鋭い目つきだ。その誇らしげな仕事ぶりを写真に撮りたいと言うと、急に子供の目に戻って照れた笑顔を見せてくれた。

 私たちのスタート時間になり、オフィシャルが秒読みを開始した。
彼らはマシーンの横に走り寄ってきて、
「ボンボヤージュ(良い旅を)!」
と叫んでくれた。

 コースは言われていた通り、イージーだった。マングローブの林をリズミカルなハンドリングですり抜け、不安定だったクラッチワークも今日は問題なくこなした友川。うまくリズムを掴んだようだ。前半戦の過酷なステージをクリアーしたことが、友川の自信につながったのかもしれない。そして叩き出した順位は何と39位!
 
 やればできるじゃないか!!!!

 


 

2009年10月4日日曜日

1月11日 ガオ 休息日

 午後4時、私たちは無遠慮なビラの使用人たちに耐えられず、ビバーク地に戻った。
 日が高いうちはテントの中がサウナ状態になってしまうので、その中にいるのは10分が限界。寝るよりもルートブックのチェックをしておくことにした。三菱村には大きなタープが張られ、その下でくつろぐことができる。パスティスを片手にのんびりとチェックをしていると、情報を仕入れにどこかに出かけていた友川があわてて帰ってきた。

「コンボイを組まされた理由がわかったよ!」
「んー?」
「銃撃されたんだって!」
「え?」
「カミヨンが銃撃されて、1台盗まれたらしい!」
「はっ?」
「isuzuのY君たちも、足元に発砲されたんだって!」
「え~~~~っ!!!!」

 バズーカ砲や自動小銃を持った7~8人の盗賊に襲われ、カミヨン1台、4輪2台が強奪されたそうだ。
バ、バズーカって・・・・。

 医療班が言っていた、「一緒に行動しなければならない」って、そういうこと?テロリストがウロウロしてるからってことだったの?
何にも知らずに走っていた・・・・。
いや、もしかして何か言われたのかもしれないけど、それにしてもお気楽過ぎだ・・・・。
こわ~~~いっ!!!
 もしその事実を知っていたらコンボイから抜け出すなんてこと絶対しなかったと思う。
知らないって凄い怖い・・・・。

 



 ここ数年、政治上の問題やマリやニジェールに拠点を置くトアレグ族の部族紛争などによる危険回避のため、千篇一律のようなコース設定だったパリダカ。更にこの20年の間、メーカー間での開発争いでマシーンはモンスター的に進化した。同時に、食事をはじめビバーク地におけるサービスもスタート時とは比べものにならないくらい至れり尽くせりだ。が、それとは逆にパリダカ本来のエスプリである「冒険色」がどんどんと色あせていった。
 オリオール氏はこの記念大会でアマチュアスピリットをレースに取り戻し、冒険レースへの回帰を促すため、様々な改革をおこなった。今回のレースでは競技車両のレギュレーションを厳しく改定し、同機種のみのGPSを使用させるなど、マシーンの能力よりドライビング技術やルートブックを解読する能力を重要としている。
 休息日である今日までを振り返ると、それらの改革だけでなく、オリオール氏は競技者たちの記憶に刻み込むようなコースを用意していた。しかし、それは彼が考えていたよりずっと過酷なものとなり、どの競技者にも混乱を与えることとなった。 そして、それだけでは収まらず、銃撃事件までも起きていたなんて・・・・!!今年のレースは後々まで語り継がれることになるだろう・・・・。

 この前半戦を生き残った競技車両は4輪が51台、カミオンが12台。ベルサイユをスタートした半分以下の数字を耳にして、まだレースに残っているのは、諦めないという「根性」だけではなく、「砂漠の恩情」を与えられたからかもしれないと 感じていた。

 私たちの現在の順位は50位。・・・・現時点ではブービーだ。
色々と思考が止まらないけれど、とにかくもう少し疲れた体を休ませなければならない。 私はブリーフィング終了後、早々に寝袋の中に体を押し込んで、3日分の睡眠を取り戻す勢いで寝ることにした。