もう、体中ボロボロって感じ。ここに着いた途端、疲れが何十倍にもなって現れた。
友川が給油をしている間、ルートブックのチェックと指示の書き換えをしながら、オフィシャルが用意してくれたラザニアを胃の中に押し込む。食欲は全くと言っていいほどなかったが、昨日のお昼から何も食べていなかったので、体力と思考力を確保するために、無理をして食べた。
スタートの準備をしていると、緑色のマシーンを操るフランス人が話しかけてきた。最後の160kmをルートブックを無視して直線で走ってきたと自慢げに話す。
「俺はいつもそうするんだ。大体うまくいく。なんだったらガオまでの900kmを一緒に直線で走るか?」
と言って、ガハハハッと大笑いしている。素敵な笑顔だ。自信と、満足感に満ちている。
・・・・・こういう時、男の人って得だと思う。3日くらい顔を洗わなくても無精髭が生えて、どんな人でも精悍な顔立ちになり、男らしさが増す。
女はそうはならない。女らしくなりようがない。ウエットティッシュで顔を拭き、鼻の穴の中をきれいにして、歯を磨くくらいで精いっぱいだ。
午後1時45分。またまたコンボイを組まされ、ガオに向かって出発した。ふかふかだが、凹凸の少ない砂のピストが、どこまでもどこまでも続いているだけだった。いつしかトイレ休憩などでコンボイはバラバラになり、私たちは1台きりで走っていた。
変わり映えしない砂漠。何もないから1~2キロも先まで見渡せた。かなり先に黒い点々が見える。近づくと、それはラクダ商人のキャラバン隊だっだ。今もこうやって岩塩を運んでいるらしい。どの人も、とてもいい顔つきをしている。自然を知り尽くし、人生の深みを知っている顔だ。ラクダ商人は、この辺りの男たちにとっては憧れの職業だというのもうなづける。一日中、灼熱の中をラクダとともに歩き、40日以上かけて村から村へと移動するらしい。どのくらいの精神力を持ち合わせているんだろう・・・。もし生まれ変わるなら、男になって、ラクダ商人になるのも悪くないかも・・・・。

走っても、走ってもガオはまだまだ先。この3日間で1時間しか寝ていない。人間、3日間寝ないとおかしくなるって聞いたことあるけど、それは本当だと思う。私も不思議な体験をしていた。マシーンの下で小人が二人、ニコニコ笑っているのが見えたり、いるはずのない人と会話をしたり・・・・。友川は、砂丘で赤い目のウサギが大群で飛び跳ねているって言っていた・・・・。眠気覚ましにお互いの幻覚体験を打ち明け、ありえな~い、と笑いあう。それでも再び夜の闇に包まれると、気を失うかもと思うくらいの睡魔。3秒ごとに目を開けたり閉じたりを必死になって繰り返した。両目をつぶると確実に寝ちゃうと思い、片目ずつつぶった。友川からもどうにもならない雰囲気が伝わってくる。馬鹿みたいだけど、友川も私もどちらが先に根を上げるか競い合っているようだった。が、ここは私から折れ、1時間だけ寝ることを提案。友川もすんなり受け入れてくれた。両目をつぶったとたん気絶。
1時間が2時間になったけど二人とも目を覚まし、再び私たちは茫洋たる砂漠の中を、癒しきれない疲れを抱えたまま走り続けた。
スタートしてから20時間後の1月11日、午前9時過ぎ・・・。艱難辛苦の末、やっと、ガオに到着。
チーム監督のイレ氏やメカニックの皆が拍手で迎えてくれた。辛かったこの4日間で体中にため込んだ諸々の感情が皆の顔を見た瞬間、嬉し涙に変わり、ゆっくりと流れだした。イレ監督はすぐに私の心の中を読み取ったようだ。
「それでいい。よくやった。」
そう言ってハグしてくれた。あまりにも優しい声だったので心の中がくすぐったくなる。感謝の言葉や、今の幸福感を表現したかったが、どういうわけか私の開口一番のセリフは、
「Where is my bed?」
イレ監督は大笑いしたが、No!No!No!と指をふって、ベッドに連れていく前に報告することがあるはずだと促す。・・・・そうか、情報ね。
マシーンからゴソゴソと3日分のルートブックを取り出し、パラパラめくる。何日の何キロ地点で三菱インターナショナルの誰がどういうトラブルで止まっていたかを探し出した。・・・・5台ものマシーンが記されてある。イレ氏の溜息が聞こえた。
・・・・改めて辺りを見回すと、三菱だけでなく、かなりのマシーンがまだこのガオに到着していない様子だ。・・・・そういえば、この20時間で2台のカミヨンに抜かされただけだ。三菱のカミヨンは3台とも到着していない。なんてこと!本来だったら、休息日を使い、前半戦を戦い抜いたマシーンを徹底的に整備しなければならないのに、スペアパーツを積んだカミオンが到着していなければ完璧な整備など不可能だ。どうする事も出来ずにすでに撤退を決めたチームも出たそうだ。そんな中、さすがは世界の三菱で、ガオでもどうにか必要なものは手配したらしい。あとは、カミヨンの到着を待つしかない。
この過酷なステージを、致命的な傷も受けずに走り切ってくれた友川が、改めて凄い人なんだと思えた。3日で走らなければならなかったところを4日かけてしまったが、ここに着いただけで凄い!
・・・ぴかぴかに輝いた友川の笑顔を見ながら、ズエラットからの4日間を振り返ると、本当に感慨深かった。
「ご苦労さま。今日はゆっくり休め。ビラに案内させる。」
そう言って、イレ氏はチームで雇っている現地のボディーガードを呼びつけた。・・・げっ!で、でかい!私が彼の大きさにビビっていると、イレ氏がからかうように言った。
「大丈夫だ。食べたりしないよう伝えてある。」
はは・・・・(^^;)
彼についてタクシーに乗り込んだとたん、あっという間にもの凄い人数の子供たちに囲まれてしまった。ドアを開けようとしたり、自力で窓を押し下げ、細い腕を窓からねじ込み、何でもいいから私たちから何かをもぎ取ろうとしている。ボディーガードはドライバーにエンジンをかけろと叫び、ねじ込まれた腕を木の枝でピシッと叩いて追い払い、私の太ももくらいある太い腕でドアが開けられないように左右のドアをひっぱり押さえた。なのにエンジンがかからない。その間にも子供たちの数はどんどん増え、今にも車が押しつぶされそうだ。この大男がいくら威嚇しても子供たちは逃げる様子がない。目の前で起きていることなのに、現実として受け止められない。ドキュメンタリー番組を見ているような感覚だった。
中々かからないエンジンにしびれを切らしたのか、ボディーガードは子供たちを蹴散らして車から降り、車を後ろから押しだした。よっぽどの怪力なのか、私たちを乗せたまま車はノロノロと動き出し、いわゆる押しがけという方法でなんとかエンジンがかかった。子供たちが諦めたように四方八方に散る。・・・・この国の貧しさがこんなことをさせるのだろうが、こんなに力強い生命力を持っているのに人から物を奪うのが正しいと思っている子供たちを見るのは辛い。・・・・狂気に近い興奮に渦巻いた子供たちに、私は深い悲しみを覚えた。
ビラにつくと、外の喧騒と灼熱地獄が信じられないくらい穏やかで、ひんやりとしていた。ボディーガードは私たちに冷えたコーラを手渡して、ゆっくりくつろげと言って笑った。さっきまでは怒りで荒れ狂うキングコングかと思うくらい怖かったけど、コーラを運ぶその姿は、同じ人物とは思えないほど気の良いお兄さん風に変わっていた。
私たちは順番にシャワーを浴び、敷かれてあったマットレスの上に倒れこんだ。この4日間で3時間ほどしか寝ていなかたのだ。熟睡・・・・のはずが、使用人たちが入れ替わり立ち替わり、洗濯物はないかとか、必要なものはないかと、無遠慮に部屋の中に入り込んでくるので、そのたびに目を覚ます。3時間ほどうつらうつらしたが、全くすっきりしない。これならテントの中で寝たほうがよっぽどいい。私たちは再びキングコングと化したボディーガードに付き添われてビバーク地に戻ることにした。






