2009年9月24日木曜日

1月10日 レグ10 Where is my bed?

タウンデ二~ガオ リエゾン918km(SS キャンセル)

 もう、体中ボロボロって感じ。ここに着いた途端、疲れが何十倍にもなって現れた。

友川が給油をしている間、ルートブックのチェックと指示の書き換えをしながら、オフィシャルが用意してくれたラザニアを胃の中に押し込む。食欲は全くと言っていいほどなかったが、昨日のお昼から何も食べていなかったので、体力と思考力を確保するために、無理をして食べた。

 スタートの準備をしていると、緑色のマシーンを操るフランス人が話しかけてきた。最後の160kmをルートブックを無視して直線で走ってきたと自慢げに話す。
「俺はいつもそうするんだ。大体うまくいく。なんだったらガオまでの900kmを一緒に直線で走るか?」
と言って、ガハハハッと大笑いしている。素敵な笑顔だ。自信と、満足感に満ちている。

・・・・・こういう時、男の人って得だと思う。3日くらい顔を洗わなくても無精髭が生えて、どんな人でも精悍な顔立ちになり、男らしさが増す。
 女はそうはならない。女らしくなりようがない。ウエットティッシュで顔を拭き、鼻の穴の中をきれいにして、歯を磨くくらいで精いっぱいだ。

 午後1時45分。またまたコンボイを組まされ、ガオに向かって出発した。ふかふかだが、凹凸の少ない砂のピストが、どこまでもどこまでも続いているだけだった。いつしかトイレ休憩などでコンボイはバラバラになり、私たちは1台きりで走っていた。

 変わり映えしない砂漠。何もないから1~2キロも先まで見渡せた。かなり先に黒い点々が見える。近づくと、それはラクダ商人のキャラバン隊だっだ。今もこうやって岩塩を運んでいるらしい。どの人も、とてもいい顔つきをしている。自然を知り尽くし、人生の深みを知っている顔だ。ラクダ商人は、この辺りの男たちにとっては憧れの職業だというのもうなづける。一日中、灼熱の中をラクダとともに歩き、40日以上かけて村から村へと移動するらしい。どのくらいの精神力を持ち合わせているんだろう・・・。もし生まれ変わるなら、男になって、ラクダ商人になるのも悪くないかも・・・・。





 走っても、走ってもガオはまだまだ先。この3日間で1時間しか寝ていない。人間、3日間寝ないとおかしくなるって聞いたことあるけど、それは本当だと思う。私も不思議な体験をしていた。マシーンの下で小人が二人、ニコニコ笑っているのが見えたり、いるはずのない人と会話をしたり・・・・。友川は、砂丘で赤い目のウサギが大群で飛び跳ねているって言っていた・・・・。眠気覚ましにお互いの幻覚体験を打ち明け、ありえな~い、と笑いあう。それでも再び夜の闇に包まれると、気を失うかもと思うくらいの睡魔。3秒ごとに目を開けたり閉じたりを必死になって繰り返した。両目をつぶると確実に寝ちゃうと思い、片目ずつつぶった。友川からもどうにもならない雰囲気が伝わってくる。馬鹿みたいだけど、友川も私もどちらが先に根を上げるか競い合っているようだった。が、ここは私から折れ、1時間だけ寝ることを提案。友川もすんなり受け入れてくれた。両目をつぶったとたん気絶。

 1時間が2時間になったけど二人とも目を覚まし、再び私たちは茫洋たる砂漠の中を、癒しきれない疲れを抱えたまま走り続けた。

 

 スタートしてから20時間後の1月11日、午前9時過ぎ・・・。艱難辛苦の末、やっと、ガオに到着。

チーム監督のイレ氏やメカニックの皆が拍手で迎えてくれた。辛かったこの4日間で体中にため込んだ諸々の感情が皆の顔を見た瞬間、嬉し涙に変わり、ゆっくりと流れだした。イレ監督はすぐに私の心の中を読み取ったようだ。

「それでいい。よくやった。」

そう言ってハグしてくれた。あまりにも優しい声だったので心の中がくすぐったくなる。感謝の言葉や、今の幸福感を表現したかったが、どういうわけか私の開口一番のセリフは、

「Where is my bed?」

イレ監督は大笑いしたが、No!No!No!と指をふって、ベッドに連れていく前に報告することがあるはずだと促す。・・・・そうか、情報ね。

 マシーンからゴソゴソと3日分のルートブックを取り出し、パラパラめくる。何日の何キロ地点で三菱インターナショナルの誰がどういうトラブルで止まっていたかを探し出した。・・・・5台ものマシーンが記されてある。イレ氏の溜息が聞こえた。

・・・・改めて辺りを見回すと、三菱だけでなく、かなりのマシーンがまだこのガオに到着していない様子だ。・・・・そういえば、この20時間で2台のカミヨンに抜かされただけだ。三菱のカミヨンは3台とも到着していない。なんてこと!本来だったら、休息日を使い、前半戦を戦い抜いたマシーンを徹底的に整備しなければならないのに、スペアパーツを積んだカミオンが到着していなければ完璧な整備など不可能だ。どうする事も出来ずにすでに撤退を決めたチームも出たそうだ。そんな中、さすがは世界の三菱で、ガオでもどうにか必要なものは手配したらしい。あとは、カミヨンの到着を待つしかない。

 この過酷なステージを、致命的な傷も受けずに走り切ってくれた友川が、改めて凄い人なんだと思えた。3日で走らなければならなかったところを4日かけてしまったが、ここに着いただけで凄い!

・・・ぴかぴかに輝いた友川の笑顔を見ながら、ズエラットからの4日間を振り返ると、本当に感慨深かった。

「ご苦労さま。今日はゆっくり休め。ビラに案内させる。」

そう言って、イレ氏はチームで雇っている現地のボディーガードを呼びつけた。・・・げっ!で、でかい!私が彼の大きさにビビっていると、イレ氏がからかうように言った。

「大丈夫だ。食べたりしないよう伝えてある。」

はは・・・・(^^;)

 彼についてタクシーに乗り込んだとたん、あっという間にもの凄い人数の子供たちに囲まれてしまった。ドアを開けようとしたり、自力で窓を押し下げ、細い腕を窓からねじ込み、何でもいいから私たちから何かをもぎ取ろうとしている。ボディーガードはドライバーにエンジンをかけろと叫び、ねじ込まれた腕を木の枝でピシッと叩いて追い払い、私の太ももくらいある太い腕でドアが開けられないように左右のドアをひっぱり押さえた。なのにエンジンがかからない。その間にも子供たちの数はどんどん増え、今にも車が押しつぶされそうだ。この大男がいくら威嚇しても子供たちは逃げる様子がない。目の前で起きていることなのに、現実として受け止められない。ドキュメンタリー番組を見ているような感覚だった。

 中々かからないエンジンにしびれを切らしたのか、ボディーガードは子供たちを蹴散らして車から降り、車を後ろから押しだした。よっぽどの怪力なのか、私たちを乗せたまま車はノロノロと動き出し、いわゆる押しがけという方法でなんとかエンジンがかかった。子供たちが諦めたように四方八方に散る。・・・・この国の貧しさがこんなことをさせるのだろうが、こんなに力強い生命力を持っているのに人から物を奪うのが正しいと思っている子供たちを見るのは辛い。・・・・狂気に近い興奮に渦巻いた子供たちに、私は深い悲しみを覚えた。

 ビラにつくと、外の喧騒と灼熱地獄が信じられないくらい穏やかで、ひんやりとしていた。ボディーガードは私たちに冷えたコーラを手渡して、ゆっくりくつろげと言って笑った。さっきまでは怒りで荒れ狂うキングコングかと思うくらい怖かったけど、コーラを運ぶその姿は、同じ人物とは思えないほど気の良いお兄さん風に変わっていた。

 私たちは順番にシャワーを浴び、敷かれてあったマットレスの上に倒れこんだ。この4日間で3時間ほどしか寝ていなかたのだ。熟睡・・・・のはずが、使用人たちが入れ替わり立ち替わり、洗濯物はないかとか、必要なものはないかと、無遠慮に部屋の中に入り込んでくるので、そのたびに目を覚ます。3時間ほどうつらうつらしたが、全くすっきりしない。これならテントの中で寝たほうがよっぽどいい。私たちは再びキングコングと化したボディーガードに付き添われてビバーク地に戻ることにした。

 

2009年9月11日金曜日

1月9日 レグ9 コンボイのわけって?

エルムルティー~タウンデ二 478Km(SS478km)

 長い長い一日が終わり、そしてまた長い一日が始まった。

後から聞いたところによると、昨日のステージを制限以内に走った4輪は40台にも満たなかったそうだ。出走した台数の半数以下だ。そのため、私たちが想像した通り、制限時間を延長する措置が急遽とられたというわけ。無線も持たずに走っている私たち競技者は、コース上でそういう情報を知るすべは一切ないわけで、タイムアウト覚悟で必死にゴールを目指した者にのみ生き残るチャンスが与えられた。

 私たちは、まだ走れる!そうわかった瞬間、私の脳にはエンドルフィンが分泌されたらしい。体が軽く感じられたもん。



 給油を終え、フロントガラス越しに広がるサハラ砂漠を見つめる。
オレンジ色が目にしみる。また、あの中に入っていかなければならないのか・・・・。 自分を落ち着かせるためにもエントラントの証である黄色のブレスレットに感謝のキスをしてみた。サッカー選手がゴール後に指輪にキスするのを思い出したからだ。
意外に効果あり。

 だが、エンドルフィンはすぐに底をついたようで辛い時間が容赦なく続いた。 とにかく辛かった。 自分で感じていた以上に精神的にも肉体的にも疲労していたのだと思う。私の心理状態はばらばらにつなぎ合わされたパッチワークのようにぐちゃぐちゃになっていった。辛くて、苦しくて、情けなくて・・・・。
ずっと心が叫びたがっていた。
「こんなのベストな戦い方じゃない!」と。
それでも戦うしかない。

・・・・・そしてまた、いつの間にか暗闇に包まれていた。

 スタートして184km。
砂丘群。 登っては下り、登っては下り・・・を小刻みに繰り返す。マシーンのエンジン音はこれ以上は無理というくらい激しい。
 
 いくつかの砂丘群を攻略していくと、少し先が薄明るくなっているのが見えた。誰かのヘッドライトなのだろう。私たちも吸い寄せられるようにそこへ向かうと、すり鉢状になったところで何台ものマシーンと、ずっとトップを走っていた三菱のレーシングカミヨンが砂につかまっていた。友川が、
「なんでー!!!!」
と叫び、カミヨンの横を何とかギリギリすり抜けた。 まるでスローモーションのようだった。そこにいたカミヨンドライバーのベルシノ氏の疲れ切った表情も、ナビたちがスコップで砂を必死に掘っている姿も、全てはっきりと見えた。再び、自分たちが進むべきルートに視線を戻すまでのほんの数十秒間で、緩みかけていた気力が、一気に、きっちり閉められた感じがした。

 1998年のパリダカは第20回大会というだけでなく、その歴史にも残るような過酷なコース設定をし、エントラントも、マシーンも、容赦なく極限状態に追い込むつもりなんだ。
 
 己の人間性を研磨し輝かせるためには必要な経験って必ずあると思う。パリダカが私にとっての研磨剤ならば、私はこの過酷さを素直に受け止める。後の人生をピカピカに輝くものにするために必要じゃない感情や思いは、この際すべてそぎ落とそう。そして、何が何でもダカールのあの海にまこねぇを連れていく!それ以外は何も考えられなかった。


 感情の洞窟から無事生還。

 
 253kmに出てきた砂丘群の手前で、3台の4輪と3台の医療班が止まっていた。
砂丘群を迂回するコースを探しているそうだ。私たちも単独でこの中に入っていくにはあまりにも疲れ切っていたので、無理をして進むよりはこのコンボイに混ぜてもらった方がいいと判断。なんとか進めそうなラインを皆で探しながら進んだ。
 
 砂丘群に阻まれ、行ったり来たりを繰り返しているうちにコマ図を追うのが不可能になっていた。こうなったら次のウエイポイントまで直線で進路をとるしかない。次のポイントまでは・・・・80kmもある・・・・。先頭を行くマシーンもその気らしい。私たちも思い切ってついていくことにした。何が隠れているかわからないオフルート。生き残るには「勘」と「勇気」が必要。でも、かなり緊張していたようで、60kmほど走ったところで、ヘッドライトが新しい轍を浮かび上がらせた時には心底ホッとした。オンルートに復帰! 大体の位置も確認できた。


 続いて現れたのが、366km地点の1.4km続く砂丘群。
轍が四方八方に別れている。
コマ図によると、カップを150度から90度に進路を変えなければならない。私たちのコンボイも各々トライするが、どのマシーンも砂丘のトップを超えられなくてバックしながら戻ってくる。友川も同じだった。
 きっと明るいうちならベストなラインも簡単に見つかるのだろうが、今は漆黒の闇の中。なるべく多くのマシーンが通った轍を追う方がリスクは少ないと思いアタック。が、やはり超えられない。

 腕時計は朝の4時を指している。
医療班はこれ以上先に進むことをあきらめ、ここでビバークすることに決めたようだ。それにつられるように他のマシーンもエンジンを止めた。残り100km・・・。タイムアウトしたくないので、私たちはトライすると伝えると、10日目のSSは全行程キャンセルされたので、タイムアウトにはならないと教えてくれた。あぁ、そうか・・・。彼らには無線がある。間違った情報ではないはず。
 私も友川も45時間も寝ていない。例え1時間でも仮眠したほうが良いに決まっている。

 目を閉じたとたん気を失ったかの様に眠ってしまった。
耳元で1時間後にセットした目覚ましが遠くで聞こえた。まだ3秒しか寝ていない感じ。
ドロドロとした目を無理やりこじ開け、ペットボトルの水を顔にかけ、寝ぼけたまま白み始めた外を見ると、さっきまで見えていなかったルートがはっきりと浮かび上がっていた。友川もそれに気がついたらしくすぐにエンジンをかけた。医療班のマシーンの下で寝ていたドクターらしき人に、先に行く!と手で合図をした。一瞬、彼が私たちのことを制するようなしぐさを見せたが、かまってられない。友川は躊躇することなくこの砂丘にアタック。そして、見事に越えてくれた。今までのどの砂丘越えより美しい!ブラボー!

 タイムアウトがないとわかっても気が逸る。
辺りは変わり映えしない砂、砂、砂、の世界。本当に進んでいるのかと疑いたくなるくらい。

 恐ろしいほどの睡魔と闘いながら進んでいくと、前方の砂丘の上から手を振っているエントラントを見つけた。近づいてみると、同じチームの、ベルギーからプライベートで参戦しているお金持ちのおじさんだった。英語が話せないらしく、いつも挨拶くらいしかしないので名前を覚えていないことに気づいた。ナビのシリルとは去年から仲良し。
「カミヨンは見たか?」
「見た。けど、昨日の今くらいに」
シリルが深い溜息をつく。クラッチにトラブルが起きて、もう20時間もここにいるそうだ。
「20時間も?! 私たちは、この2日間で1時間しか寝ていないの!」
何の慰めにもなっていないのは分かっている。けど、シリルは笑ってくれた。
あのコースではカミヨンの到着はまだ先になりそうだ。もしかしたら、この先で必要になるかもしれないけど、チームメイトのためにペットボトルの水を2本とキャンディーを数個分けてあげた。
「これは貸しだからね! ベルギー産のチョコレートでいいからっておじさんに言っといて!」
シリルがまた笑う。
「ははっ、ちゃんと伝える。もういいから早く行け!」

 シリル達と別れてからしばらくの間、私の頭の中には、またまた色々な思いが押し寄せてきていた。
今、この同じ時、砂漠に翻弄されているのは私たちだけでない。他のエントラント達も、ダカールのあの海を見るために、ゴールという宝を手に入れるために、アクセルを踏み、ハンドルを握りしめ、大声でルートを指示し、この砂漠と闘い続けている・・・・。自分を信じ、今を、この時間を必死に乗り越えなければ・・・・。友川にはできる!そして、私にも!!

 そうやって友川を励まし、自分を励まし、容赦なく続く砂丘越えと、突然現れるガレ場にてこずりながら、少しずつゴールに近づいていくと、医療班が後から追いついてきた。そして、止まるよう合図された。

「10日目のSSはキャンセルされたのは知っているだろう? オーガナイザーから、競技車両は何台かでコンボイを組み、一緒に行動をするように指示が出ている。」
と言う。・・・あぁ、今朝、制止しようとしたのはそういうことだったんだ。あの時点で言ってくれればいいのに・・・・。
「この人たち、わざわざおっかけてきてくれたのかな?」
「いや、そういうことじゃないかもよ・・・・。」
「まっ、いいか。そういう指示なら仕方ないか。」
「ここで、他のマシーン来るのを待つの?」
「それは、ちょっとダルイよねぇ。」

 私たちがブツブツ言っている間に、医療班はオーガナイザーと無線で何やら連絡を取っていた。
すると、驚いたことにヘリコプターが一機、頭上に飛んできた。
「一番ベストなルートを空から指示するから、ヘリコプターを見ながら走れ。わかったな?」
「・・・・ヘリコプターを?」
何か解せないところもあったけど、とにかく、そういう指示なら仕方がない。レースから少し外れた感じがするけど、大人しく指示に従うしかない。 それでも、ヘリコプターに先導されるっていう経験も中々ないだろうし、ちょっとしたワクワクと、安心感のようなものを感じていた。

 そうやって、私たちはヘリコプターを追いかけ、やっとゴールすることができた。
所要時間は24時間・・・・。ヘトヘトです。



 

 

2009年9月10日木曜日

1月8日 レグ8 平均時速12kmちょい・・・・


ズエラット~エルムルティー  684Km(SS680km)

「サハラ砂漠を知らずしてパリダカを語るな・・・・」

 誰が言ったのかは知らないけど、これはいかにサハラ砂漠の砂丘群が過酷であるかを表す言葉。
昨日リタイヤした4輪は16台にも及んだそうだ。しかし、今日から3日間もマラソンステージ(メカニックによる整備禁止ステージ)が続く。完璧なふるい落としのステージ。 このマラソンステージを走り切ったら、どこの誰にも遠慮なくパリダカを語れるはずだ。

 そんなことを考えながらいつもより緊張気味でスタートしたが、案の定、サハラの砂は、私たちの行く手を徹底的に阻んでくれた。

スタック。
スタック。
スタック・・・・。

 私の目に見えるものは、いくつも折り重なったオレンジ色の砂丘群だけ。
容赦なく照りつける太陽にエネルギーをどんどん吸い取られていく。
 
 サラサラの砂を掘る。もがくマシーンを押し出す。
進んだ距離が1メートルに満たなくても、掘っては進む・・・を繰り返すしかない。
マシーンがキャメルグラスにのりあげた時は、そこが平らになるまで何時間も砂を掘った。
ここから脱出するには 砂を掘るよりほかに方法がないのだ。
 
 サハラを制するには砂と戦うのみ!

そうやって何度も何度もスタックを繰り返しているうちに、あっという間に日が落ち、またサハラに夜が来てしまった。

 暗闇の中、私は不思議な感覚に包まれていた。
去年、震えるほど感じた夜の砂漠に対する恐怖心が、全くと言って消えていたのだ。
感じていたのは疲労感だけ。恐怖心も、不安感も、焦燥も、怒りもそこにはなかった。マイナスに引き込む感情が全くと言っていいほど消滅している。まるで無の心。その感覚がとても新鮮で自分を楽に保つことができた。 思うに、克服しなければならないことが起きた時、自身の持つ感情が先に進むことを邪魔するならば、無心になればいい・・・・ということかも。 だけど、そんな簡単に「無心」になんてなれないんだよね。色々なものが邪魔をするんだよ。「無心」を楽しめたのはこの時だけだったもん・・・・。

 砂と戦って、戦って、戦って・・・・。
やっとの思いで189kmの設置されているCP1に到着。
通過時間は・・・・15時間もかかった。
もう一度書くけど、15時間も!だ
平均時速にすると、12kmちょっと!!
諦めないっていうことは、最大の武器なんだなって、つくづく思うわ。

 通過証明のスタンプを押してもらた時、友川が叫んだ。
「やったぁ!本当にやったんだよね!あの砂丘から抜けられたんだよね!」
友川の思いが痛いほど伝わってくる。一昨年、どっぷり飲み込まれてしまったあの砂漠に勝てたのだ! 気の利いた言葉が見つからず、私はただ笑いながら頷いた。

 だが、喜んでばかりいられない。腕時計を見ると、すでに夜中の2時半を回っている。
一番車がスタートするのが10時だから、9時半までにゴールすればリタイヤにならない。
大雑把に計算しても、ギリギリだ。間に合うか、間に合わないかは走ってみないとわからない。
あとは砂漠の神に祈るしかない。

 神に祈りが届かないのか、その先も同じだった。砂丘群こそそうひどくはなかったが砂はふかふかで、コーションも数多く、友川はアクセルを思ったように踏めないでいる。無慈悲に時が流れていくばかりだった。

 マシーンだけじゃなく、私たちも同様にもがいていた。
なのに、ついにアフリカの大地に朝がきてしまう。
白みかけたなと思っていると、あっという間に大きな太陽が勢いよく昇り始め、再び砂だけの世界を映し出す。悔しいくらいまぶしい。
・・・・太陽のせいで、焦りが心の中を大幅に支配する。
(頼む、間に合って!)

 370kmあたりから現れた砂丘群・・・・。
まだ残り310kmもあるっていうのに!
タイムアウトの文字が浮かぶ・・・・が、決して口に出したりできない言葉だ。

 そこは、今まで見たこともないくらい真っ白で美しい砂丘群だった。
何台ものマシーンが砂に捕まっている。
・・・・皆、同じように疲労と焦りの表情を浮かべながら砂と闘っている。国籍やバックグラウンドが違っても、今ここで感じていることは皆同じようなことだろう。

 私たちが2回目のスタックから抜け出した時には、もう9時を回っていた。
それでも友川は諦めずにアクセルを踏んでいる。
「こんなにたくさんの競技車がゴールしてないんだから、まだ、可能性はある!」
友川は自分に言い聞かせるかのように言った。
「うん、とにかく走ろう。」

 少し走るとそこは砂の平原に変わった。
地平線が見える。それまであちらこちに散らばって走っていた何台ものマシーンやカミヨンが、ゴールに近づくにつれ、ゴールというポイントに向かって集まってきた。朝の光を受け、キラキラと乱反射しながら、いつの間にか何台も並走して走っている。どのマシーンも、今まで思うように踏めなかったアクセルを思い切り踏み込み、ゴールを目指して驀進している。

 平原にクラクションがあちらこちらで鳴り響いた。
「よくやった」とお互いを誉めたたえ、諦めるなと励まし合っている応援歌のようなものだ。チームは違っても、あの過酷なコースを乗り越えたという仲間意識みたいなものが生まれていた。ウインドー越しに見えるどの顔も満足そうにしている。

「・・・・今までどこを走ってたんだろうね、この人たち。」
「周りにこれだけいるんだから、ほとんどのカミヨンがまだついてないんじゃない?」
「・・・・うん。」

 エアメカ禁止のマラソンステージではカミヨンとそれに乗っているメカニックが命綱なのだが、この分だと、十分に整備を受けられないままに9日目のスタートを余儀なくされたバイクやマシーンも多かったに違いない。友川が言うように、スタート時間が遅らされるなどの処置がとられているかもしれない。
そんな微かな思いを胸にとにかく走り続ける・・・・。

  ようやくエルムルティーのビバークに着いたのが昼の12時半。
そこに残されていたのはオフィシャルテントが一つと給油のためのトラック1台、それと小さな飛行機が一機のみ。
疲れた顔をしたオフィシャルが数人残っているだけだった・・・・。
全てが終わった後のようだ。

 事務的に、無表情に対応しているオフィシャルに恐る恐るタイムアウトかと尋ねる・・・・。
「少し休んで、給油してからすぐにスタートしなさい。」
と、今日のルートブックを渡された。
友川と目が合う。子供みたいにキラキラした目だ。
「やったー!まだ走れる!砂漠の神様に見放されなかった!」
何か言おうとしたけど、やっぱり良い言葉が見つからず、ただ笑顔でうなずく。

太陽のせいで目の奥が痛かった。 いや、うれし涙のせいかも・・・・。

1月7日 レグ7 砂丘の神様に愛されつつある?

スマラ~ズエラット 614km(SS494km)

 今朝の私は緊張に包まれていた。
独りで朝食の目玉焼きを突いていると、ISUZUで参戦している日本人のナビがひょっこり現れて、
「今日のコースは一昨年のお前らがリタイヤしたコースをそのまま走らされるようだな。それに、地雷の埋まった魔のリエゾン付きだ。気をつけろよ!」
そういうだけ言って行ってしまった。
(やっぱ、そうか・・・・。)
私は残りの卵焼きを一口でパクつき、ランチパックと水を取りに走った。
 巻き髪のかわいいいつもの女のスタッフに水の引換券を8枚渡した。彼女は一瞬「こんなにたくさん!?」というような顔をしたが、
「特別よ。箱ごと持って行って!」
そう言って、10本入りの水の箱を私に手渡してくれた。

 サハラでは水が多くて困るということはない・・・・。

 スタートの準備をしていると、どうにかこうにか応急処置をしながら走り続けている例の南アフリカのナビが近づいてきてた。今日のコースについて聞きたいらしい。

「一昨日の砂丘群は幼稚園のお砂場みたいなもので、今日から本格的な砂丘越えが始まるの。それに、リエゾンには地雷が埋まっているから、コースを外れないように、マウンドとマウンドの間を走るのよ。間違ってもショートカットなんかしちゃダメ。」
それを聞いていたドライバーがびっくりしたように言った。
「君はそんなに小さいのに、すごく強い心を持っているんだな!怖くないのか?」
私は溜息をつき、そしてゆっくりと答えた。
「モ・チ・ロ・ン、コ・ワ・イ」
しばらくじっと私の目を見ていたドライバーは、
「神のご加護を。」
といって、私をハグした。私も彼の背中を優しくたたきかえした。

 サハラ砂漠に挑戦できるマシーンは、すでに115台から95台までに減っている。今日のコースでさらに減ることだろう・・・・・。次々と湧いてくる思いを抑え、ナビシートに乗り込んだ。

 前を行くマシーンの巻き上げる砂ぼこりの中、ピストから外れないよう、ゆっくりとSSのスタート地点まで走る。友川はとても無口で、今から始まる戦いに思いを向けているようだった。

 SSに入ってしばらくはスピードコースだったが、次第にその様子を変え始めたのは、半分ほど走ったあたりからだった。

 スタート前に、あまりにも凄そうな砂丘群だったらCPを飛ばしてペナルティー覚悟で迂回をしようと話していた。そろそろ決断しなくてはならない。
一昨年のコースが頭の中によみがえってきた。
(逃げずに戦わなければならない。今のまこねぇなら走れるはずだ。)
「このまま、(砂丘に)入ろう。」
「うん!」
別々に悩んだ結果、同じ答えにたどり着いていた。
「よし!行こう!」

 友川は砂丘越えを楽しんだ。
砂丘の恐怖に勝ったかのようだ。

 勿論、何度もスタックして、ズエラットにたどり着いたのは夜中の1時過ぎ。
しかし、昨日のような睡魔には襲われず、気持ちの良い疲労感と満足感に浸っている。
 
 まだ痛々しく傷跡が残ってはいるが、友川は今日の自分の走りに満足しているのだろう。ビバークについてからも、ずっとニコニコしている。ドライバーが満足そうに笑ってくれている・・・・・。ナビとしてこんなに嬉しいことはない。

 明日も笑っていられますように!

本日の順位は62位。総合でも、なんと、69位!
まこねぇ、すごーい!!!

2009年9月9日水曜日

1月6日 レグ6 睡魔の魔は魔物の魔

ウアルザザット~スマラ  1,031km(SS354km)

 
スタート前の儀式。今日のコースのをメージをした。
1,031km・・・・。長い。

 リエゾンをスタートすると、私達を待ち受けていたのは、360度の大パノラマの山岳コース。

荒涼とした大地と、川に沿って広がっている緑豊かなオアシス。そして、はるか遠くに見える雪化粧をしたアトラスの山々。・・・・・荒々しい景色と、緑に潤った景色がすぐ隣り合わせにあるのが何だか不思議で、そして、とても美しかった。・・・・・何故か思考が止まらなくなる。景色が色々と語りかけてくるようだった。
 
 強く感じていたのは、やはり、パリダカは速く走るだけのレースではないということだ。

故ティエリー・サビーヌが言い残したように、これは冒険であることが前提の自動車レースだ。

 ドライビング技術やナビゲーション力、マシーンの状態だけでなく、アフリカという素晴らしくも過酷な自然をも相手にしなければならない。それらが絡まりあった複雑なステージでは、自分たちの心のあり方もレースに様々な影響を及ぼす。

冒険とは、無理だと思われることに敢えて挑戦すること!

 どんな時でも素直に自分自身や相手と向き合い、逃げずに戦わなければゴールには近づけない。

自分の未熟さに泣くこともあるだろう。想像を絶するような経験もする。だが、これから先も、どんなことが起ころうと決してあきらめずに前進しなくては!

できることなら自分をシンプルなもへとに導き、このレースを楽しみたいと思う。

・・・・・しかし、感情とはいたって厄介なものだ。

 さて、今日のSSはソフトなワジ(干上がった川)も多く、サスペンションに負担のかかる凸凹の続くピストだったが、友川はこういうコースが得意。トラブルらしいトラブルもなく順調に進んだ。
先日の投石で受けた顎の傷はまだ痛々しいけれど、ドライビングには問題ない。

 88km地点でスタック。
この日、もしスタックしたら、どうしてもトライしたいことがあった。それはスタックボードを敷かずに脱出を試みること!昨日、地元の子供たちが教えてくれたのだ。やり方は簡単。そこらへんに生えているキャメルグラスを引っこ抜き、タイヤの下に敷く。これだけだ!友川は、やりたいならやってみればと、半信半疑・・・・。冷めた視線を感じつつも浮いたタイヤの下にキャメルグラスを押しこみバックさせると、驚いたことに1回で脱出に成功!やったぜ! スタックボード抱えて走らなくてもいいなんて、嬉しい!

ほんと、地元の人の知恵には頭が下がるわ。



 SSは353kmと短かったので、まだ日の明るいうち抜けることができたが、距離が重なっていくにつれ、ものすごい睡魔に襲われた。睡魔の「魔」を、魔物の「魔」と書く意味が十分に分かった感じ。
10数秒ごとに目をつぶったり開けたりを繰り返した。10秒以内に目を開けないと、そのまま気を失いそうだった。

顔に水!

腕、つねる!

歌う!

・・・・・やれそうなことは全部やったが睡魔が怯む様子なし。スマラまでの501kmものリエゾンの間、ずっと睡魔という魔物と闘い続けた。明日からモーリタニアだっていうのに・・・・。

 ビバークに着くと、「誰も私に話しかけないでよオーラ」を体中から発し、ものすごい勢いで仕事を片付けた。どんなに頑張ったところで今夜も4時間しか寝られないのだ。
 明日から始まる本格的な砂丘越えのために、少しでも体力を温存しなければならない。

 本日の順位は、何と75位。
友川が気持よく走れたことが順位を上げた一番の理由だが、すでにリタイヤしたチームやトラブルで順位を下げたチームも多かったらしい。
 







 

2009年9月7日月曜日

1月5日 レグ5  たった5kmの砂丘越えなのに・・・

エルラシディア~ウアルザザッド 577km(SS344km)

 久しぶりに泥のような眠りを貪ったようだ・・・・。
バイクがリエゾンをスタートしていく音で目が覚めた。友川の様子を見ると、子供のような寝顔で寝ている。顎は・・・昨日より腫れているかもしれない。

 テントから顔を出すと、私たちのマシーンは整備を受け終わり、割れたサイドガラスの代わりにプラスティックをはめ込まれているのが見えた。窓、開けられないけど、仕方ないか・・・・。

よしっ!とりあえず、私もマシーンもすっかりエネルギーを取り戻したってわけだ! 今日も頑張るぞ!
 
いつものようにペットボトルの水で歯を磨いた後、朝食とランチボックスと水を受け取りにいった。友川のことを起こすのはその後でいい。

 とりあえず何か食べておかなきゃ・・・・。そうは思うけどお皿に乗せられたベーコンとスクランブルエッグをつつくだけで、口に運びたくなかった。食欲、なし・・・・。

「ちゃんと食べろ!」
「コーヒーよりココアにしろ。俺が持ってきてやる」

メカニック達だった。・・・・なんか、昨日から子供扱いされているような気がする。・・・・まっ、いいけど。
君たちのためにも、今日も頑張って走ってくるからね♪ 
 
 アフリカ大陸にわたって2日目。
早速、5kmの砂丘越えがあった。

 昨日の投石事件の後だというのに、友川は落ち着いていた。マシーンに負担をかけないようドライビングを楽しんでいるようだった。
が、1年ぶりの砂丘に入ると、感が鈍っていたのと、行ってはいけない方向についつい目がいってしまうためか、スタックを数度重ねてしまった。
 スタックするたびにマシーンから降りて砂を掘り、少しでも締まっていそうで友川がアタックしやすそうなラインを探した。自分の足で歩いて砂の感触を確かめながら・・・・。

 砂丘には地元の人々が集まってきていて、スタックしているマシーンに群がっていた。助けるかわりにお金や金目のものを得るためにだ。スタックするたびに私たちの周りにもワラワラと人が集まってくる。たった5kmだったし、まだ日も高かったので強気で追い払う。
「お金は持ってないの! だから手伝わなくていいから!」

それでも、子供たちにだけは手伝わせた。報酬は勿論、キャンディーだ。



あと2kmで砂丘からでられるというのに、何度も何度も砂に捕まった。何回スタックしたかなんか覚えていない。うんざりするほど砂を掘った。

・・・・・朝食、無理やり食べておいてよかった。
 
 友川がうまく脱出に成功しても、私は後に残される。なぜかというと、スタックボードという板を砂とタイヤの間にかませて脱出を試みるからだ。それを砂の中から掘り出し(これが一番つらいし、きつい)、ボードを抱えて、砂丘を歩くか走るかしてマシーンを追いかけないとならない。

体力の限界近し・・・・。

 周りで一番高い砂丘に上り、友川を追いかけながらあるいていくと、いくつか向こうの砂丘と砂丘の間にCP(コントロールポイント)の旗が翻っているのが見えた。

目指すものが見つかった!
こうなったら2km歩いてでもここから友川を出させてやる!

 轍の浅そうなラインも見つけ、友川を誘導する・・・・・。
そして、無事に砂丘から生還! CPを通過することができた。

 スタックから脱出しやすいように下げていた空気圧を少し戻してから、リエゾンに入った。
しばらく走ると、例のバカでかい南アフリカの2人のマシーンがボンネットを開けて止まっていた。
ラジエーターから水漏れを起こし、オーバーヒート寸前らしい。十分な水もないらしい。

「水なら私たちのを置いていくよ。ここから先はそうシビアでもなさそうだし。」

ナビは私をハグして叫んだ。
「You are my star!」

はい、はい・・・。もう、いいって・・・・。

リエゾンでは何台も止まっているマシーンを見た。まだ、アフリカ2日目だというのに・・・・。
今年のレースは荒れる予想・・・・。

 友川ははやる気持ちを抑えているのか、リエゾンも慎重に走った。ビバーク地であるウアルザザットに着いたのは夜中の1時を回った時だった。

 軽く夕飯を食べ、ナビの仕事をこなして寝袋に潜り込んだのが朝方4時だった。こんな日に限って翌日のスタートが早い・・・・。眠い。ものすごく・・・・・。

 本日の順位は109位。
マシーンはすこぶる順調。これが大事なことなのだ。怖さない走りに徹することでは、友川はほかの誰よりも上手だ。



 

2009年9月1日火曜日

1月4日 レグ4  まさか、銃撃?

ナドール~エルラシディア 613km(SS247km)

 船旅は最悪。

 割り当てられた部屋が日産ドスードのまったく知らないフランス人メカニック(勿論男性)と同室だったため、彼らには悪いが、
「日本人女性は知らない男性と同室なんて耐えられないの!頼むから部屋を変えてくれ!」
と、この船のパーサーに懇願し続けた。

 一部屋くらいなんとかなるでしょ? なんとかなるよね? ビール飲む?あら、イスラムなの? じゃ無理ね・・・・とか何とか、とにかくしつこく付きまとったが、何時間たっても部屋が決まらず、無駄な時間が過ぎていく。まったく一部屋くらいなんとかしなさいよ!と、イライラ・・・。イライラ・・・。
お願いだから早く寝かせて!!!! 明日、寝不足でなにかあったら責任取らせるぞ!!!

 見かねたゴロワースのクルーが夜中近くになって部屋を交換してくれたけど、この船、妙に入り組んだ構造になっていて、まるで迷路の中を歩かされているようだった。やっと部屋にたどり着いてベッドにもぐりこんだ時には、またまた睡眠が4時間しか取れない状態になっていた。

 あたし、こんなんで大丈夫なのかしら?
だいぶ不安・・・・。

 AM6:00.

まだ明けやらぬモロッコに到着。

 港にはオーガナイザーが用意してくれたモロッコ料理が朝食として並べられている。綺麗な絨毯が敷かれていて、周りでは民族音楽が奏でられている。昨日までのヨーロッパとはまるで違った雰囲気だ。
とりあえず、ボーっとしながらもモロッコ料理に挑戦してみる・・・。羊じゃないことを祈りながら・・・・。

げ・・・・やっぱり羊。でも、お肉をよけながら食べてみたら、このクスクス、かなり美味しくて、ちょっとだけご機嫌がもどった感じ。

 食事を済ませ、もう一眠りしたいところだったが、昨日、フェリーに乗り込こむ時にインパネの照明が全滅しているのを発見していたので、今夜の夜間走行に備えて何とかしなくてはならなかった。

 ヒューズをチェックしてみたが問題は別にあるようだ。スタート前に接触が悪くて私たちを焦らせたキルスイッチを交換したので、その時に何か手落ちがあったのかもしれない。友川は試行錯誤しながら、応急処置としてインパネをうまく照らすようにペンライトをガムテープで貼り付けた。

 AM11:19。

ようやくリエゾンがスタート。
左手には地中海。右手にはロバや羊が草をはむ光景が広がっていた。辺りはすっかりモロッコ…アフリカだ。今日から自分たちの目もアフリカ使用に変えなければならない。リエゾンとはいえ、油断はできないからだ。
 2年ぶりのモロッコのSSは小石の転がった荒涼としたピストで、パンクに泣かされた競技車両が多かったらしい。が、友川は彼女のペースで走り、1本もバーストさせなかった。
私自身も、レースとなると気力が勝つらしく、心配していたほどの疲労感は感じていなかった。今夜さえ熟睡できたら体調を戻すことが出来ると思う。出だしは良好といったところ!

 SSを抜け切ったあたりから日が落ち出した。

去年よりさらに強化されたメタルクラッチにまだ慣れていない友川は、回転数が気になるらしく、さっそく今朝貼り付けたペンライトのスイッチを入れた。でも、数分で電池切れ・・・・。仕方がないので私のシートのヘッドレストに夜間作業用のヘッドランプをひっかけて、そこからインパネを照らすことにした。

その時は確かにそれが最善策だった・・・・。


・・・・が、このヘッドライトが後に最悪な出来事を引き起こすことになる。

 SSを抜け、私たちはビバークに向けて村々を通過する細い山道のリエゾンを走っていた。

SSのゴールから47km地点。

最初のそれが起きた。


「バーンッ」という発砲音と同時に、「ガンッ」という音と衝撃が私の座っている右側のドアにきた。

2人とも同時に「キャッ」という短くて小さな悲鳴をあげた。お互いの顔を見合せる。

私は2トーンも低くなったような唸るような声で友川に聞いた。

「今の、何?」

「・・・・・私たち、・・・・・・撃たれたんじゃないの?」

信じたくない私は、
「違うってー!」
と、首をブンブンと左右に振りながら答えたが、思わず右サイドに穴があいたりしていないか素早く目を動かしていた。暗くてよくわからなかったが、とりあえず無事のようだ。

「穴開いてないし!」

「だよね~~~ぇ」

お気楽極楽が取り柄の私たちなので、2人ともすぐに冷静さを取り戻し、止まることなく先を急いだ。

それからしばらく走った101km地点。

バン、バン、バババババン!!!!

(><;)

「きゃーっ、なんだよ、これー!!!」
「うわっ! 爆竹?!」
それは、私たち二人を驚かすには十分すぎるほどの威力だった・・・・・。

初めて芯から感じる恐怖・・・・。心臓がバクバクいっている。

いったい誰がこんなことを?

あたりを見回しても、暗すぎてヘッドライトに当たる部分以外何も見えない。


爆竹音がおさまると同時に、今度はマシーンに何かが当たる音が不気味に響いた。


 投石だ。

それは、普段の平穏な生活を、何百台というバイクや車の騒音に侵され、怒りと興奮に渦巻いた住民によるものだとすぐに推測できた。
私の恐怖心は、怒りへと変わっていく・・・・。よそ者特有の身勝手なものと気づいていながらも・・・・・。
だが、降りて抗議する勇気もない。
ルートブックで確認してみると、あと1kmほどで今日最後に通過する村に入る。
無事に通り過ぎられるように祈るしかなかった・・・。

 村に入る手前から、また数回の投石にあった。

なるべく住民を刺激しないように、コマ図で指示されているように時速30kmでゆっくり走る・・・。

暗闇の中、うっすらと村の様子が見えるが、住民の姿は確認できなかった。電気もないようだ。薪などの火さえついていない。

エンジン音以外何も聞こえなかった。

小さな村だったので、すぐに通り過ぎることができた。

これでビバークまで何もおきないだろうと、次のコマ図を確認する。

3kmほど走ればアスファルトの道に出られる。
そう伝えようと、コマ図から友川に視線を移したとき、左前方に人影が動くのが見えた。
えっ、と思う間もなく、ガラスの割れる音と友川の叫び声が車内に響き渡った。

それからは、まるでパニック映画の中に入り込んだかの様だった。

友川が震えながら左顎をおさえ、声にならない声で叫ぶ。
「痛いっ!! ・・・・顎が痛い!」

粉々に飛び散ったサイドガラスの破片が、ナビランプとヘッドランプの明かりを受け、車内のいたるところでギラギラと不気味に光っている。
「わ~~~っ、何これ? 血が出てる!」
恐怖で震えていた。
「あと、3kmでアスファルトの道に出るから、頑張って!」
「大丈夫だから、絶対に止まらないで!」
必死になって友川を励ました。神様にも祈った。

曲がりくねった山道・・・・。右手に口を大きく開けた断崖が潜んでいるのが見えた。
「まこねぇ、右手、崖だ!」
友川は声も出せないようだった・・・。必死にハンドルを握り、アクセルを踏んでいる・・・・。

・・・・・こわかった。次のことを考えるのも、友川の顔を見ることも。

「頑張って!もうすぐぬけられる!」


薪が燃えている。公道に出たらしい。

地元の警察官が暖をとっているのが見えた。

「警察だ!いったん止まろう!」


 友川はマシーンから降りて、警察官に身振り手振りで、今遭ったことを伝えようとした・・・・・が、なぜか彼らは母親の名前を聞く。今ここで母親の名前を言ったところでどうなるって言うんだろう?
マシーンの状態を見たら投石にあったことぐらいわかるはずなのに・・・・。

「こいつら、ムカつく!」

とにかく友川の傷を確認しなくてはならないと思い、ヘッドランプをシートから外した。

・・・・・外しながら、愕然とした。
外からは友川の顔がライトに照らされて、はっきりと見えていたに違いない。
これじゃ、石を当ててくださいと言っていたようなものだ・・・・・。
リエゾンだったのでヘルメットはかぶっていなかったし、もし当たり所が悪くて気絶でもしていたら?
あの、暗くて恐ろしい断崖が目の前に浮かんだ・・・・・。
膝がガクガクと震える。いや、いや・・・考えちゃだめだ。だって、気を抜いたら膝から崩れ落ちそうだもん。・・・深呼吸をした。それしかほかに思いつかなかった。

「まこねぇ、頑張れる? これ(車内の中に散らばったガラス)を何とかしたら行こう。」 
 
友川が頷くのと同時に、エンジン音が聞こえた。 ・・・・大きさからいってカミヨンだ。
三菱のカミヨンでありますようにと祈ったが、違うようだ。

見送るしかないと諦めたとき、私たちの異変に気がついたのか、カミヨンが止まってくれた。
しかもASSのゼッケンを貼っている!オーガナイザーのアシスタントカミヨンだ。

天からの助けだ!
 
ASSのクルーが飛び降りてくる。

「何があった?大丈夫か?」
 
なるべく落ち着いて状況を説明しようとしたが、寒さと恐怖で体がガクガクと震え声にならない。
投石を受けて友川が怪我をしたことをなんとか伝える。

 クルー達はとにかく友川の怪我の手当てと、私たちを落ちつかせることが先決だと判断したようだ。
カミヨンの荷台を開け、私たちを中へと促した。荷台の中は暖かくて明るい。

 3人のクルーのコンビネーションはとても見事だった。
一人は友川の傷の手当てをし、一人は私たちのマシーンの中に散らばったガラスの破片を取り除き、これ以上怪我をしないようにと、ビニールシートをナイフで切り裂いて、私たちのバケットシートに敷きつめてくれていた。
 そして、もう一人は無線で何やらオーガナイザーに連絡をとったあと、コーヒーメーカーでコーヒーを作ってくれていた。
怪我の治療を受けている友川の背中をさすりながら、私はその様子を感心しながら眺めていた。

 コーヒーを入れている個性的なひげのクルーと目が合った。
「ウイスキーも入れるか?」
真顔な問いだ・・・・。
体を温めるためか落ち着かせるためにだろうが、即座に「ノン、メルシー」と答えた。

 友川の手当てが終わると、リーダーらしきクルーが私に傷をチェックさせる。
「これなら大したことにはならなさそうだ。安心したろう?」
と、ウィンクをした。

 確かに傷は浅そうだ・・・が、ものすごく腫れている。
・・・・・私は彼のウィンクの意味を理解し、友川を安心させるために、
「はい、傷が浅くて安心しました。ありがとう。」
と答えた。そして、そのままを友川にも伝えた。

暖かいコーヒーのおかげで、2人の体の震えはおさまっていた。


 ここから、ビバーク地までは80kmほど。
すでに何かしらの連絡を受け、私たちを心配しているであろうチーム監督や仲間のもとに一刻も早くたどりつかなきゃならない。コーヒーのお代わりを聞かれたが謹んでお断りした。

「わかった。俺達が後ろから走るから、安心して運転しろ。」

リーダーが優しく笑う。ちょっと、いや、かなりかっこいい・・・・。

 

 ビバーク地に到着すると、私たちの姿を見たチームの皆は交互に私たちをハグし、慰めの言葉をかけてくれた。ここにいたら安心だ。なぜか全身がクリーム色に包まれたような気がした。きっと、『安堵』に色があるとするならクリーム色なんだと思う・・・・・。

 担当メカニックのマークが私たちのマシーンを見て一瞬目を丸くしたけど、
「任せろ。」
と、ニカーッと笑った。
ついでに明日のための作業もマークに伝えておいた。

 すっかり落ち着きを取り戻した私は、ごく当たり前にテントや寝袋を用意して友川を寝かせることにした。






 いつもは寝つきの悪い友川が素直に寝袋に潜り込んでくれた。流石の友川も投石による恐怖と緊張から解放され、疲れが出たのだと思う。ブリーフィングと夕食の時間まで、少しでも寝といてもらった方がいい。

 それから、マークの邪魔にならないようにマシーン横に座り込み、明日のルートブックのチェックをしはじめた。

「その様子じゃ、明日も走るんだな?」

顔をあげると、さっきのリーダーの笑顔があった。

一瞬、「明日も・・・」の「も」が意味していることがわからなかった。

「え?」

「ショックでリタイヤしやしないか心配で、様子を見に来たんだ」
その言葉を聞いたチームマネージャーのアランさんが、カカカっと笑った。

「こいつらが、こんなことでへこたれるはずがないさ。こいつらをか弱い女だとでも思ってたのか?そりゃ、大きな間違いだ」

「ちょっとぉ、無礼だわよ」
と、アランさんをつついた。

「悪口は、私たちがお世話になった人に、チームの代表としてお礼を言ってからにしてくれませんかぁ?」
「お~~~、それはごもっとも。」

そう言って、お礼と、何やら私たちの悪口をフランス語でゴチャゴチャ言ったに違いない。
リーダーも大笑いしながら、
「カミヨンの荷台の中じゃ、小鳥みたく震えていたさ。なっ?」
そういって、私のほっぺたにフランス式のキスをした。

(ドキ、ドキ・・・)


「ドライバーにもよろしくな!」

そう言って、リーダーはすぐに背中を向けてしまった。
(え?まこねぇの顔を見ないでかえっちゃうの?)

私は慌てて彼の後姿に向かって叫ぶしかなかった。

「本当にありがとう!」
心の中で、振り向けって呟く。

だけど、リーダーは振り向かずに手をふった・・・・・。

(おい、おいっ・・・・。リーダー、かっこよすぎますよぉ。本当に映画のラストシーンみたいじゃないですかぁ)

暗闇にリーダーの後姿が紛れ込むまで目で追いそうになったが、横でアランさんが茶化すような目で私を見ている。アランさんを睨みつけ、ルートブックに視線を戻した。

友川にさっきのシーンを見せられなかったのが何だか妙に残念だった。もしここに友川がいたらこう言っただろう。 「奴は、あたしに惚れたな!」


そんなことを想像し、独りでニカニカ笑いながら、ご機嫌よくルートブックのチェック作業をサクサクこなしていると、マークに呼ばれた。

「これ、どうした?」
右サイドのドアに小さくて深い傷がある・・・・。完通はしていないが、弾丸の痕のようにも見える。
発砲音のことを伝えると、マークは私をハグし、それ以上何も言わなくなった・・・・。

 夕食後、日本人のベテラン記者にこの傷痕を確認してもらった。
「これが、完通していて100%間違いなく弾跡だとすりゃ、それも面白い記事にはなるが・・・・。もしかしたらお祭り用の銃に石でも詰め込んで打ったのかもしれないし・・・・。だけど、こんなことが公になるとなぁ。何かと事件性ばかり書き立てられるパリダカだしなぁ。いや、これはきっと、ただの石だ。うん、石ということにしといたほうがいいだろう。」
と、ブツブツ・・・・。

「石でも弾でもどっちでもいいや!明日も無事に走れるんだし!」

まこねぇ、そのセリフ、カッコイイ!