船旅は最悪。
割り当てられた部屋が日産ドスードのまったく知らないフランス人メカニック(勿論男性)と同室だったため、彼らには悪いが、
「日本人女性は知らない男性と同室なんて耐えられないの!頼むから部屋を変えてくれ!」
と、この船のパーサーに懇願し続けた。
一部屋くらいなんとかなるでしょ? なんとかなるよね? ビール飲む?あら、イスラムなの? じゃ無理ね・・・・とか何とか、とにかくしつこく付きまとったが、何時間たっても部屋が決まらず、無駄な時間が過ぎていく。まったく一部屋くらいなんとかしなさいよ!と、イライラ・・・。イライラ・・・。
お願いだから早く寝かせて!!!! 明日、寝不足でなにかあったら責任取らせるぞ!!!
見かねたゴロワースのクルーが夜中近くになって部屋を交換してくれたけど、この船、妙に入り組んだ構造になっていて、まるで迷路の中を歩かされているようだった。やっと部屋にたどり着いてベッドにもぐりこんだ時には、またまた睡眠が4時間しか取れない状態になっていた。
あたし、こんなんで大丈夫なのかしら?
だいぶ不安・・・・。
AM6:00.
まだ明けやらぬモロッコに到着。
港にはオーガナイザーが用意してくれたモロッコ料理が朝食として並べられている。綺麗な絨毯が敷かれていて、周りでは民族音楽が奏でられている。昨日までのヨーロッパとはまるで違った雰囲気だ。
とりあえず、ボーっとしながらもモロッコ料理に挑戦してみる・・・。羊じゃないことを祈りながら・・・・。
げ・・・・やっぱり羊。でも、お肉をよけながら食べてみたら、このクスクス、かなり美味しくて、ちょっとだけご機嫌がもどった感じ。
食事を済ませ、もう一眠りしたいところだったが、昨日、フェリーに乗り込こむ時にインパネの照明が全滅しているのを発見していたので、今夜の夜間走行に備えて何とかしなくてはならなかった。
ヒューズをチェックしてみたが問題は別にあるようだ。スタート前に接触が悪くて私たちを焦らせたキルスイッチを交換したので、その時に何か手落ちがあったのかもしれない。友川は試行錯誤しながら、応急処置としてインパネをうまく照らすようにペンライトをガムテープで貼り付けた。
AM11:19。
ようやくリエゾンがスタート。
左手には地中海。右手にはロバや羊が草をはむ光景が広がっていた。辺りはすっかりモロッコ…アフリカだ。今日から自分たちの目もアフリカ使用に変えなければならない。リエゾンとはいえ、油断はできないからだ。
2年ぶりのモロッコのSSは小石の転がった荒涼としたピストで、パンクに泣かされた競技車両が多かったらしい。が、友川は彼女のペースで走り、1本もバーストさせなかった。
私自身も、レースとなると気力が勝つらしく、心配していたほどの疲労感は感じていなかった。今夜さえ熟睡できたら体調を戻すことが出来ると思う。出だしは良好といったところ!
SSを抜け切ったあたりから日が落ち出した。
去年よりさらに強化されたメタルクラッチにまだ慣れていない友川は、回転数が気になるらしく、さっそく今朝貼り付けたペンライトのスイッチを入れた。でも、数分で電池切れ・・・・。仕方がないので私のシートのヘッドレストに夜間作業用のヘッドランプをひっかけて、そこからインパネを照らすことにした。
その時は確かにそれが最善策だった・・・・。
・・・・が、このヘッドライトが後に最悪な出来事を引き起こすことになる。
SSを抜け、私たちはビバークに向けて村々を通過する細い山道のリエゾンを走っていた。
SSのゴールから47km地点。
最初のそれが起きた。
「バーンッ」という発砲音と同時に、「ガンッ」という音と衝撃が私の座っている右側のドアにきた。
2人とも同時に「キャッ」という短くて小さな悲鳴をあげた。お互いの顔を見合せる。
私は2トーンも低くなったような唸るような声で友川に聞いた。
「今の、何?」
「・・・・・私たち、・・・・・・撃たれたんじゃないの?」
信じたくない私は、
「違うってー!」
と、首をブンブンと左右に振りながら答えたが、思わず右サイドに穴があいたりしていないか素早く目を動かしていた。暗くてよくわからなかったが、とりあえず無事のようだ。
「穴開いてないし!」
「だよね~~~ぇ」
お気楽極楽が取り柄の私たちなので、2人ともすぐに冷静さを取り戻し、止まることなく先を急いだ。
それからしばらく走った101km地点。
バン、バン、バババババン!!!!
(><;)
「きゃーっ、なんだよ、これー!!!」
「うわっ! 爆竹?!」
それは、私たち二人を驚かすには十分すぎるほどの威力だった・・・・・。
初めて芯から感じる恐怖・・・・。心臓がバクバクいっている。
いったい誰がこんなことを?
あたりを見回しても、暗すぎてヘッドライトに当たる部分以外何も見えない。
爆竹音がおさまると同時に、今度はマシーンに何かが当たる音が不気味に響いた。
投石だ。
それは、普段の平穏な生活を、何百台というバイクや車の騒音に侵され、怒りと興奮に渦巻いた住民によるものだとすぐに推測できた。
私の恐怖心は、怒りへと変わっていく・・・・。よそ者特有の身勝手なものと気づいていながらも・・・・・。
だが、降りて抗議する勇気もない。
ルートブックで確認してみると、あと1kmほどで今日最後に通過する村に入る。
無事に通り過ぎられるように祈るしかなかった・・・。
村に入る手前から、また数回の投石にあった。
なるべく住民を刺激しないように、コマ図で指示されているように時速30kmでゆっくり走る・・・。
暗闇の中、うっすらと村の様子が見えるが、住民の姿は確認できなかった。電気もないようだ。薪などの火さえついていない。
エンジン音以外何も聞こえなかった。
小さな村だったので、すぐに通り過ぎることができた。
これでビバークまで何もおきないだろうと、次のコマ図を確認する。
3kmほど走ればアスファルトの道に出られる。
そう伝えようと、コマ図から友川に視線を移したとき、左前方に人影が動くのが見えた。
えっ、と思う間もなく、ガラスの割れる音と友川の叫び声が車内に響き渡った。
それからは、まるでパニック映画の中に入り込んだかの様だった。
友川が震えながら左顎をおさえ、声にならない声で叫ぶ。
「痛いっ!! ・・・・顎が痛い!」
粉々に飛び散ったサイドガラスの破片が、ナビランプとヘッドランプの明かりを受け、車内のいたるところでギラギラと不気味に光っている。
「わ~~~っ、何これ? 血が出てる!」
恐怖で震えていた。
「あと、3kmでアスファルトの道に出るから、頑張って!」
「大丈夫だから、絶対に止まらないで!」
必死になって友川を励ました。神様にも祈った。
曲がりくねった山道・・・・。右手に口を大きく開けた断崖が潜んでいるのが見えた。
「まこねぇ、右手、崖だ!」
友川は声も出せないようだった・・・。必死にハンドルを握り、アクセルを踏んでいる・・・・。
・・・・・こわかった。次のことを考えるのも、友川の顔を見ることも。
「頑張って!もうすぐぬけられる!」
薪が燃えている。公道に出たらしい。
地元の警察官が暖をとっているのが見えた。
「警察だ!いったん止まろう!」
友川はマシーンから降りて、警察官に身振り手振りで、今遭ったことを伝えようとした・・・・・が、なぜか彼らは母親の名前を聞く。今ここで母親の名前を言ったところでどうなるって言うんだろう?
マシーンの状態を見たら投石にあったことぐらいわかるはずなのに・・・・。
「こいつら、ムカつく!」
とにかく友川の傷を確認しなくてはならないと思い、ヘッドランプをシートから外した。
・・・・・外しながら、愕然とした。
外からは友川の顔がライトに照らされて、はっきりと見えていたに違いない。
これじゃ、石を当ててくださいと言っていたようなものだ・・・・・。
リエゾンだったのでヘルメットはかぶっていなかったし、もし当たり所が悪くて気絶でもしていたら?
あの、暗くて恐ろしい断崖が目の前に浮かんだ・・・・・。
膝がガクガクと震える。いや、いや・・・考えちゃだめだ。だって、気を抜いたら膝から崩れ落ちそうだもん。・・・深呼吸をした。それしかほかに思いつかなかった。
「まこねぇ、頑張れる? これ(車内の中に散らばったガラス)を何とかしたら行こう。」
友川が頷くのと同時に、エンジン音が聞こえた。 ・・・・大きさからいってカミヨンだ。
三菱のカミヨンでありますようにと祈ったが、違うようだ。
見送るしかないと諦めたとき、私たちの異変に気がついたのか、カミヨンが止まってくれた。
しかもASSのゼッケンを貼っている!オーガナイザーのアシスタントカミヨンだ。
天からの助けだ!
ASSのクルーが飛び降りてくる。
「何があった?大丈夫か?」
なるべく落ち着いて状況を説明しようとしたが、寒さと恐怖で体がガクガクと震え声にならない。
投石を受けて友川が怪我をしたことをなんとか伝える。
クルー達はとにかく友川の怪我の手当てと、私たちを落ちつかせることが先決だと判断したようだ。
カミヨンの荷台を開け、私たちを中へと促した。荷台の中は暖かくて明るい。
3人のクルーのコンビネーションはとても見事だった。
一人は友川の傷の手当てをし、一人は私たちのマシーンの中に散らばったガラスの破片を取り除き、これ以上怪我をしないようにと、ビニールシートをナイフで切り裂いて、私たちのバケットシートに敷きつめてくれていた。
そして、もう一人は無線で何やらオーガナイザーに連絡をとったあと、コーヒーメーカーでコーヒーを作ってくれていた。
怪我の治療を受けている友川の背中をさすりながら、私はその様子を感心しながら眺めていた。
コーヒーを入れている個性的なひげのクルーと目が合った。
「ウイスキーも入れるか?」
真顔な問いだ・・・・。
体を温めるためか落ち着かせるためにだろうが、即座に「ノン、メルシー」と答えた。
友川の手当てが終わると、リーダーらしきクルーが私に傷をチェックさせる。
「これなら大したことにはならなさそうだ。安心したろう?」
と、ウィンクをした。
確かに傷は浅そうだ・・・が、ものすごく腫れている。
・・・・・私は彼のウィンクの意味を理解し、友川を安心させるために、
「はい、傷が浅くて安心しました。ありがとう。」
と答えた。そして、そのままを友川にも伝えた。
暖かいコーヒーのおかげで、2人の体の震えはおさまっていた。
ここから、ビバーク地までは80kmほど。
すでに何かしらの連絡を受け、私たちを心配しているであろうチーム監督や仲間のもとに一刻も早くたどりつかなきゃならない。コーヒーのお代わりを聞かれたが謹んでお断りした。
「わかった。俺達が後ろから走るから、安心して運転しろ。」
リーダーが優しく笑う。ちょっと、いや、かなりかっこいい・・・・。
ビバーク地に到着すると、私たちの姿を見たチームの皆は交互に私たちをハグし、慰めの言葉をかけてくれた。ここにいたら安心だ。なぜか全身がクリーム色に包まれたような気がした。きっと、『安堵』に色があるとするならクリーム色なんだと思う・・・・・。
担当メカニックのマークが私たちのマシーンを見て一瞬目を丸くしたけど、
「任せろ。」
と、ニカーッと笑った。
ついでに明日のための作業もマークに伝えておいた。
すっかり落ち着きを取り戻した私は、ごく当たり前にテントや寝袋を用意して友川を寝かせることにした。
いつもは寝つきの悪い友川が素直に寝袋に潜り込んでくれた。流石の友川も投石による恐怖と緊張から解放され、疲れが出たのだと思う。ブリーフィングと夕食の時間まで、少しでも寝といてもらった方がいい。
それから、マークの邪魔にならないようにマシーン横に座り込み、明日のルートブックのチェックをしはじめた。
「その様子じゃ、明日も走るんだな?」
顔をあげると、さっきのリーダーの笑顔があった。
一瞬、「明日も・・・」の「も」が意味していることがわからなかった。
「え?」
「ショックでリタイヤしやしないか心配で、様子を見に来たんだ」
その言葉を聞いたチームマネージャーのアランさんが、カカカっと笑った。
「こいつらが、こんなことでへこたれるはずがないさ。こいつらをか弱い女だとでも思ってたのか?そりゃ、大きな間違いだ」
「ちょっとぉ、無礼だわよ」と、アランさんをつついた。
「悪口は、私たちがお世話になった人に、チームの代表としてお礼を言ってからにしてくれませんかぁ?」
「お~~~、それはごもっとも。」
そう言って、お礼と、何やら私たちの悪口をフランス語でゴチャゴチャ言ったに違いない。
リーダーも大笑いしながら、
「カミヨンの荷台の中じゃ、小鳥みたく震えていたさ。なっ?」
そういって、私のほっぺたにフランス式のキスをした。
(ドキ、ドキ・・・)
「ドライバーにもよろしくな!」
そう言って、リーダーはすぐに背中を向けてしまった。
(え?まこねぇの顔を見ないでかえっちゃうの?)
私は慌てて彼の後姿に向かって叫ぶしかなかった。
「本当にありがとう!」
心の中で、振り向けって呟く。
だけど、リーダーは振り向かずに手をふった・・・・・。
(おい、おいっ・・・・。リーダー、かっこよすぎますよぉ。本当に映画のラストシーンみたいじゃないですかぁ)
暗闇にリーダーの後姿が紛れ込むまで目で追いそうになったが、横でアランさんが茶化すような目で私を見ている。アランさんを睨みつけ、ルートブックに視線を戻した。
友川にさっきのシーンを見せられなかったのが何だか妙に残念だった。もしここに友川がいたらこう言っただろう。 「奴は、あたしに惚れたな!」
そんなことを想像し、独りでニカニカ笑いながら、ご機嫌よくルートブックのチェック作業をサクサクこなしていると、マークに呼ばれた。
「これ、どうした?」
右サイドのドアに小さくて深い傷がある・・・・。完通はしていないが、弾丸の痕のようにも見える。
発砲音のことを伝えると、マークは私をハグし、それ以上何も言わなくなった・・・・。
夕食後、日本人のベテラン記者にこの傷痕を確認してもらった。
「これが、完通していて100%間違いなく弾跡だとすりゃ、それも面白い記事にはなるが・・・・。もしかしたらお祭り用の銃に石でも詰め込んで打ったのかもしれないし・・・・。だけど、こんなことが公になるとなぁ。何かと事件性ばかり書き立てられるパリダカだしなぁ。いや、これはきっと、ただの石だ。うん、石ということにしといたほうがいいだろう。」
と、ブツブツ・・・・。
「石でも弾でもどっちでもいいや!明日も無事に走れるんだし!」
まこねぇ、そのセリフ、カッコイイ!

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