完走率は、たったの26%・・・・。
勿論、ビリの栄光に輝いたのは言うまでもなくこの私たちだ。
いつリタイヤしてもおかしくないほど、ギリギリの戦いだった。
いくつものラッキーが重なり、何度も仲間に助けられ、砂漠の神からも見捨てられず、毎日を必死に積み重ねた。 辛くて、辛くて、何もかもが本当に辛くて、吐きそうになるくらい・・・・。
・・・・でも、ポジウムに上がった瞬間、辛さの素が全て溶けてなくなり、レース中にすり減らしてしまったと思っていたものが実はきちんと残っていて、残っているどころか輝きを増していることに気がついてしまった。様々な経験とアフリカでの一期一会が私を強くしていたのだ。そう確信した時、心の中のすべての思いが宝石のようにキラキラと輝きだした。
大会正式名 : パリ~グラナダ~ダカール 1998
大会期間 : 1998年1月1日~1月18日
総走行距離 : 10,245km
参加台数 : 4輪 115台 / 2輪 173台 / カミヨン 61台
完走台数 : 4輪 41台 / 2輪 55台 / カミヨン 8台
完走率 : 26%
順位 : 総合41位 レディース2位 T1部門(市販車無改造クラス)16位
2010年、友川は2度目の抗がん剤治療にも打ち勝った。

昨年、友川より後に癌が見つかったお母様が、闘病空しく天国へと旅立った。自身も癌と戦わなければならないのに、どれほど辛く悲しかったことだろう。だが、その悲しみも乗り越えて、今も太陽のように笑い、命あることに感謝し、一日一日を大切に生きている。それができるのは、友川が癌と折り合いをつけながら生きているからだ。
自分との折り合いをつける・・・・。私たちがアフリカの砂漠から学んだことの一つだ。
私は友川が大好きだ。頑固だし、腹立つことも山ほどあったが、友川と出会わなければ、自分との折り合いの付け方さえまともに学ぶことができなかったかもしれない。ぶつかったからこそお互いの角が削げ落ち、良い感じに丸くなってきたんだと思う。・・・パリダカが私の研磨剤だったのではなく、友川がそうだったのかもと思う。何はともあれ、頑張ってよかった。

このコメントが読まれることはないのかもしれませんが、残しておきます。
返信削除友川さんの記録を残しておいてくれて、有難うございます。