ブーティィミ~サンルイ 422km(SS313km)
朝食の固いパンをかじりながら、ルートブックに記されている「Saint-Louis(サンルイ)」の文字をしばらくの間見つめていた。
・・・・無事にサンルイに着くことができたら、明日はいよいよゴールだ。・・・・去年もそうだったが、「あぁ、そうだった」くらいにしか感じない。レースは最後まで走ってみないと何が起きるかわからない。スポーツ界でよく例えられる「・・・・には魔物が潜んでいる」っていうやつだ。それは、もう十分に勉強済みだ。だから、冷めた自分でいていい。
溜息をひとつ・・・。それから乾燥した空気を思い切り吸い込んだ。大地の気・・・・。砂の味だ。
私はそのままマシーンに乗り込み、ナビシートに深く身を沈め、目をつぶって今日のコースをイメージしていた。友川も無言でマシーンに乗り込んできた。
「マキコ、今日はフルアタックで行けよ!」
エンジンをかけるとメカニック達が近寄ってきて、友川に声援を送った。友川も笑顔で応える。
マシーンが三菱のテント村からゆっくりと離れていく・・・・。
朝のこの雰囲気が好きだった。エンジン音や発電機の音、工具がぶつかり合う金属音、メカニック達の話し声・・・・。乾いた空気を伝って体中に響いていたそれらの音が少しずつ遠ざかり、リエゾンへと向かうほんの少しの時間がなんとも言えずに心地よかった・・・・。なのに、なのにだ!
何かの戒めのように、マシーンがまた吠えた!
ブホーーーーーッ!!!
「まただ!回転数が下がらない! メカニックを呼んできて!」
友川が信じられないと言ったふうに首を大きく振りながら叫んだ。
マシーンを飛び降りると、呼びに行く間もなくメカニック達が走り寄ってきた。
「3日前にもこうなったの。何が原因かわかる?」
ボンネットを開けて、皆が中をのぞきこむ。
原因がはっきりしないまま時間が過ぎ、出発の時間が迫ってきた・・・。
「原因らしい原因が見つからない。きっと、コンピューターの誤作動だ。走りには問題ないだろう。」
・・・すっきりする回答ではなかった。
今年のパリダカには本当に焦らされる。どうか、もうこれ以上、色々なことが起きませんように・・・・。
サンルイまでは背の低い木々の間をすり抜けるように走らされる。ツイスティーなピストだが、ほとんど1本道のようなもので、ナビゲーションは楽だった。友川も安定した走りをしている。この調子なら、きっと大丈夫って思っていた・・・。だから、後ろからカミヨンに追い付かれ、道を譲るために左にハンドルを切っていた友川が、どんどんコースを外れて行くのも何か理由があるのかと思っていた。・・・・友川の叫ぶような声を聞いても、すぐには何を言っているのかわからなかった。
「ハンドルが効かない!」
「・・・・?」
「どうしよう!ハンドルが外れたみたい!誰かに止まってもらって!!!」
友川がコースから左に5メートルくらい外れて、ようやくブッシュの中にマシーンを止めた。
何が何だかわからないまま、ヘルメットを脱ぎ捨てピスト横まで走る。
・・・ドキドキしていた。
サンルイを目の前にしてマシーントラブル?
悪夢だ!そんなの絶対にイヤ!
多分、また2駆になったんだ・・・。だから、マシーンが滑ったんだ。でも、今日は起伏があるコースでもないし、きっとなんとかなる。2駆で象の岩を抜けたんだから・・・・。自分で自分にそう言い聞かせていた。
ピストに立っている私の姿を見てTOYOTAに乗っているフランス人チームが止まってくれた。
「どうした?」
「よくわからない・・・。けど、アシスタンスカミヨンを止めないと。」
まるでクイックアシスタンスのような彼らの出現に感謝しながらも、誰かに助けてもらわなければ何もできないでいる自分たちが情けなくて、心が痛かった。焦燥が痛みに変わった・・・。まこねぇ、ごめん。レース中の彼らに「助けてください」とは言えないよ。
「俺達が見てきてやるから、お前はここでカミヨンを待て。」
「でも、時間が・・・・。」
「数分じゃ順位は変わらない。」
素直に感謝・・・するしかなかった。
複雑な心境ってやつだ。
5分もしないうちに友川がゆっくりマシーンを走らせてきた。
・・・・彼らも私にOKサインを出し、早く乗れと合図した。
「ハンドルは大丈夫だと伝えろ!」
よかった・・・。もっとシビアなトラブルだったら心が折れたかも・・・。
そう思いながらマシーンに乗り込むと、・・・・友川の顔色が優れない。
「あの人たち、ハンドルは大丈夫だって・・・・。」
「こうやって、ギュッと押しこんでおかないとステアリングが効かない。」
「え?」
「とにかく、ゆっくり走るからっ。」
・・・もう話かけるな、ということだろう。
もの凄くピリピリしている。
それからの友川は時速40kmくらいでトロトロと走り続けた。レースではなくなっていた。・・・完走さえすればいいという走り。だけど、切ないくらいピリピリとしていて、何も言えなかった。じっと耐えながら前を見て、ナビの指示をする以外に言葉を発することはなかった。
これだけゆっくり走ってもカミヨンが私たちに追いつくことはなかった。今日はパリダカには珍しく、SSが2回に分けてある。このまま2本目のSSに入るのは、いくら強靭な友川の精神力でも不可能と判断・・・。オフィシャルに、このままサンルイに向かうと告げた。昨日の時点で100時間のペナルティーが加算されているんだから、更に数時間が加算されてもどうってことない。
・・・・リタイヤを避けるために必要な選択だった。
だが、押さえても、押さえても、心の中に湧いて出てくる苦い思い・・・・。不協和音の本も、結局はそこにあったのだ。
ちきしょーっ!私は無力だ!無力すぎる!
もうこれ以上、巻かれちゃだめだ!
心の苦みをかみしめながら舗装路にでた。
3分ほどで三菱のカミオンと合流できた。
友川は自分がここまでどうやって走って来たか、身振り手振りでメカニック達に伝えようとしていた。かなりナーバスな友川にメカニック達は驚き、俺たちがここにいるんだから落ち着いてちゃんと話せと促した。友川は、普段は知っている単語とボディーランゲージで完璧にコミュニケーションをとることができる(私はそれを友川語とよんでいる)が、今回だけはメカニック達もお手上げらしい。一様に助けを求めるように私を見た。
「あ・・・、はい。よくわからないんですけど、ステアリングが利かなかったらしいんです。」
「パワステか?」
「いや、外れたかもって言ってました。」
メカニック達が、囲むようにマシーンを覗きこむ。すぐに原因が見つからない。メカニック達の頭の中に?マークが浮かんでいるのが見えたような気がした。ここで時間をつぶすわけにもいかないので、結局、私たちは3台のカミヨンの間に挟まれるようにして残りの道のりを走った。
夕方、Saint-Louisに到着・・・・。
オレンジ色の夕日と太鼓の音が似合う町だ。
すぐにメカニック達が整備を行う・・・・。デフがかなり損傷しているそうだ。
メカニック達に、「後は任せろ」と追い払われた。・・・・だよね。ここにいても仕方がない。気分転換にビールが飲みたくなったが、今朝から左目に違和感があったのを思い出して鏡で見てみると、モノモライが出現している・・・・。明日がゴールだっていうのに・・・・。こんな目で写真に写りたくない!!
なんで次から次に色々なことが起きるんだ!も~~~っ!
ビールはお預け。まずはメディカルテントを探さなきゃ・・・。
ビバーク地の端っこに設置されていたメディカルテントをようやく探し当て、中に入ると・・・・。
「お~~っ! PIAA GIRL!」
なんだかすごい歓迎ぶりだった。
えと、どちらさまでしたっけ?
どの人も小奇麗で、男前ばかり・・・・。
どこで知り合いましたっけ?
「ドライバーは大丈夫か?」
顎を指さしながら男前①が聞いてきた・・・。
「あ~~、リーダーだ! あの時はお世話になりました!大丈夫!もう腫れもひきました!」
それはよかったと、男前①。
それによく見たら、コンボイを組まされたメディカル班のドクター達だ。あぁ、私、なんでシャワーを浴びてから来なかったんだろう・・・・。今更、遅いけど・・・。
「順位は?」
とか、
「レースを楽しんだか?」
などの質問が口火となり、
ちょっと聞いてくれる?あれからも色々あってね・・・・と、2駆になったこと、1100kmも迂回したこと、道が無くなって、気がついたときには滑走路の真ん中にいたことなどを話をした。男前たちは口々に「クレイジーだ」とか、「すごい根性だ」と、笑いながら聞いてくれた。ドクターが、からかうように言う。
「辛くて、ママーって泣いた時、目をたくさんこすったんだろう? だから、こんなものができたんだ。」
だって。どうとでも言ってくれ!それでも私は彼らとの会話を楽しんでいた。
「明日までに絶対に治してね。」
と、甘えたことを言い、男前②のドクターに薬を塗ってもらった。
メディカルテントを後にした時には、心の中の苦みが消え去り、すっきりした心になっていた。

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