2010年1月17日日曜日

1月14日 まだ×まだ×まだ レグ13 Merci!

  

 たったの60kmを走るのに、一体何時間かかったのだろう?
・・・・ダメだ。過ぎた時間を考えるとおかしくなる。それよりも今だ。

現に今も暗闇にかき消されて、自分たちのいる正確な位置がわからないでいる。

ルートブックに出てくる岩山なんか、この闇の中では私の目には全く見えない。

 今日のステージは景色が見えなければポイントを見つけることは難しいようだ・・・。自分たちがオンルートにいると確認できる唯一の方法は轍が新しいということだけ。ミスコースを避けるため轍の上を走り続けるしかない。その上の2駆。スタックを避けるため、砂丘にアタックする前にはマシーンから飛び降り、じっくりとベストなルートを探した。それでもスタックしてしまったら、

「あきらめないぞー!!」
と、叫びながら砂を掘った。

 ルートブックの561km地点で、砂丘と砂丘の間を左に折れるように指示されていたが、一向にそのポイントが見当たらない。既に数キロオーバーしている。スタック時の空転を考えても行き過ぎではないだろうか?しかし、ヘッドライトが映し出す砂漠には無数の轍が残されている。一体どうなっているのだろう?
明るければ簡単に見つかるルートのはずなのに・・・。もどかしい・・・・。

 大きな砂丘が現れた。
「うわっ、こんなの2駆じゃ無理だよ」
そいうって友川がマシーンを止めた。バックしたところで助走を十分にとれるようなフラットな場所でもない。
「行けそうなところ、探してくる」

 ナビ席を降りると足がふらついているのがわかった。
ヘッドライトと懐中電灯の明かりを頼りに周りを見渡す。1台の轍が左方向に向かって走っているのを見つけた。しばらくそれをトレースして歩いたが、エネルギーがすでにレッドゾーン。睡眠不足とこの長い一日の戦いで、体中が「もう無理」と言っていた・・・・。

だが、力尽きるわけにはいかない。ポケットにねじ込んでおいたチュッパチャップスのプリン味で気持ちばかりのエネルギーを補給。

砂漠でプリン・・・。悪くない。

 その轍はかなり良いラインだったが、何かアクシデントが起こる可能性は否定できないため、メインの轍から外れることが怖かった。残念だが、この轍は諦めることにする。

うっすら明るくなりかけている。

 急いでマシーンにもどると、友川も行く手を阻む砂丘にお手上げのようだった。
カバンの底からビタミン剤を見つけ出し、口の中に放り込む・・・・。

「10分ほどで明るくなるはずだから、それまで休憩させて。エネルギー、切れた」
友川は、わかったと頷き、私は遠慮なく目をつぶった。
闇に吸いこまれるような感じだった。

「見えたよ!あっちの方角だ。多分、行ける!」
すぐに友川の声で闇の中から引き戻された。
さっきまで見えなかった砂丘の全体像が、紫色の朝もやに包まれて、はっきりと浮かび上がっていた。
「歩いていたら、急に明るくなってきてさ。そしたら視界が開けて、道が見えたんだ。行こう!」
友川は子供みたいにはしゃいでいた。

 ほんの一瞬目をつぶっただけだったが、ビタミン剤が効いたのか、瞑想から覚めたかのようにすっきりしている。砂漠の神はまだ私たちを見放していないようだ。感謝。

タイムアウトがかかっている・・・・。急がねば!

・・・・残り180km。

「こういうの、ことわざでなんていうんだっけ?」
「え?」
「無理を通せば道理が通る?」
「違うよ、それは道理が引っ込む・・・・。意味違うし。『なせば、なる』じゃない?」
「いい!今日からは『無理を通せば道理も通る』にする!」
友川は、それからずっとブツブツとその「友川語録」を繰り返していた。
・・・彼女の素直な気持ちだ。2駆でここまで頑張ったんだから絶対に諦められないしタイムオーバーなんてありえない!という気持ちをストレートに表現しているのだ。

 砂に散々苦しめられた後は瓦礫のルートで、それから後も思ったようにアクセルが踏めず、容赦なく時間だけが過ぎていった。それでも確実にゴールには近づいていった。

 戦って、戦って、嫌になるほど戦って、やっとゴールできたのが午前10時過ぎ・・・・。

コントロールでタイムカードを渡すと、今日のルートブックを渡された!
タイムアウトではないということだ!
「やった!!」
「メルシー!!」

 この時の気持ちを、どう言葉で表せばいいだろう?なんだっていいや!とにかく嬉しい!それだけだ。

・・・・いかなる困難にもへこたれずにここまで来た。
そして、この喜びは与えれたものではなく、自分達の経験から生まれたものだ。

これこそが、冒険者の感じる喜びなのではないだろうか・・・・・。

順位は、45位。多分、いや、絶対にビリ。でも、いい。





 

1月14日 まだ×2 レグ13 ニャー君と小さな紳士

 
 それからも何度もスタックを重ね、ようやく507km地点に設置されていたCP4にたどり着いたのが夜中の2時10分。スタッフのおじさんはすっかり酔いが回っているようだ。そりゃそうだ。いつ来るかわからない競技者たちをこんな場所で1日中待ち続けなければならないのだ。酔った者勝ちだ。
「おお~っ、PIAAガールズ(私たちのこと)!! うまくやってるかい?」
(・・・・うまくやっていたらこんな時間になるはずないだろっ)
と、突っ込みたくなる気持ちを押さえる。
「私たち2駆になっちゃったんです。ここが最後のCPでしょ?ビバークまで迂回するルートはありますか?」
「ないよ!!」
・・・・おじさんのあまりにも明るく、しかも軽い受け答えで気が抜けた。
「だけど、1km先のこのポイントはすごくスムーズ(柔らかいってことだろうか?)だから、まっすぐに行かずに左に曲がりなさいよ」
と言って、私のルートブックに赤ペンで印をつけてくれた。

・・・・・残り250km。行くしかない。

 ところが、おじさんが記してくれたように友川を誘導したつもりだったのに、とんでもない砂のピストに出くわした。地面は堅そうに見えていたが降りて歩いてみると、どこもかしこもふかふかだった。しかも暗闇に目が慣れてくると、いくつか質素な家が見えた。村の中に迷い込んでいたのだ。来た道を引き返すしかない。こんなとこ、明るかったら決して迷い込まなかったに違いない。

もーっ!!! 

 私はそのまま歩き続け、友川の走りやすそうなラインを探した。そうこうしていると懐中電灯を持った男の子が近づいてきた。例によってお金をくれたらパリダカのルートを教えると言っているようだ。

・・・・もう、そういうの、やめてくれ。私は今もの凄く落ち込んでいるんだ。あんたにつき合っている暇はない。

 男の子を無視して行けそうなところまで来ると、自分たちがどの方向から来たのか全く分からなくなっていた。方向感覚が100%失われた感じだった。途方に暮れていると、さっきの男の子がまた現れた。この村に住んでいるんだから、間違いなくオンルートにもどる方角を知っているはずだ。
「T-シャツでもいい?」
むやみに時間をかけるよりは、ここは着古したTーシャツに活躍してもらうしかない。にこやかに交渉開始・・・・。しかし彼の答えは、
「ニャー」

 お金以外は交渉の余地なしってことだろう。この子の頑なな態度には腹が立ったが、私たちには時間がない。こうなったら小銭で交渉だ。
「これでどう?」
おっ、頷きましたね。

 ニャー君の後を歩き、走れそうなラインに足跡を付け、懐中電灯と体全部を使ってのジェスチャーで友川を誘導した。それを繰り返しながらニャー君の指さす方向に進んでいく。

「道を探しているの?」
ちゃんと聞き取れるフランス語だった。振り向くと、男の子がこちらに向かって歩いてくる。
「そうなの。うるさかったよね。ごめんね」
身長から考えてまだ10歳くらいだろうか?
「だったら、こっちだよ!」
「大丈夫よ。この子にガイドを頼んだから」
「お金、払ったの?」
「この子がちゃんと教えてくれたら払う」
その子は、叱るような口調でニャー君に何かを言った。ニャー君の方がどう見ても年上のはずだけど。
「僕についてきて。もう、すぐそこだから」

・・・本当にすぐだった。
「ここをこの方向に行けばパリダカのルートにでるよ」
私はお礼を言い約束の小銭をポケットから出して渡そうとすると、賢そうな子が私を制して、
「Non!お金なんかいらない」
と笑った。

心が震えた・・・・感動。

 私は彼の視線に合わせるために姿勢を低くして改めて彼の目を見た。
薄明かりの中でかろうじて見えるだけだけど、とても賢そうな目だった。
「この子とは約束したから。だけど、あなたはとても賢くて優しい。これからもたくさん勉強して立派な大人になってください。その優しい心を忘れないで!」
めちゃくちゃなフランス語だったけど、私の言いたかったことが通じたようで、彼も私の目を見ながらしっかりとした口調で答えた。
「わかった。たくさん勉強します」

 そのやり取りが友川にしたらもどかしかったのだろう。
「早くして!もう、これ渡すから!」
そう言って折り曲げた紙幣をニャー君に手渡した。
「小銭で良いよ」
「いいから!早く乗って!」

 せかされるまま、私はもう二度と会うことはない誇り高き小さな紳士に別れを告げ、マシーンに飛び乗った。 サイドミラーに彼らのシルエットがかすかに映っていた。



「・・・・小銭、あったのに」
「あ~~、あのお札?あれは、スタート前にMさんがくれたキャバクラの割引券」
「・・・・え~~~っ?!」
それは、Mさんがずいぶん前に九州地方に出張した時、歩いていた繁華街でもらったキャバクラの割引券で、話題作りにと持ち帰ったやつだった。一見アメリカドルに見えるけれど、リンカーン大統領の代わりにウッフンポーズの色っぽいお姉さんが印刷されている。お金くれくれ攻撃がひどい時にはこれを使うからとスタート前に譲ってもらったのを思い出した。

・・・・私は、2度ほど「え~~っ」を繰り返した。

不幸なニャー君・・・・・。君はそのお札をどうする?
・・・・考えれば考えるほどおかしくなってきて、笑いが止まらなかった。
ニャー君よ、その不幸から何かを学んでくれ!

1月14日 まだ レグ13  えっ? 今、何と?

 



 視界から象の岩が姿を消したころ、太陽が沈んだ。

相変わらず、友川は何度もスタックを繰り返している。
・・・ただひたすら砂を掘り、マシーンを押す。10センチしか進まなくてもまた同じことを繰り返す。
あえて表現するなら「心に力を込める」という感じだった。希望を失わず、諦めず、前を見る・・・・。そうやって1回ごとに心に力を込めなおさなければ、私は悲鳴をあげてしまいそうなくらい肉体的に疲労していた。スタックボードを掘りおこしマシーンを追いかける・・・・。
息抜きを求めるように頭上を見上げる。
ん?・・・・あれは、UFO?いや、きっと人工衛星だ。人工衛星が見えるなんて、アフリカってやっぱり凄い。
「おーい、今の私たちをちゃんと見ておいてくれっ!こんなに頑張っているんだから!!!」
バカみたいだってわかっているけれど人工衛星に向かって手を振ってみる。ほんの一瞬の息抜き・・・。


 だけど、なんでこんなにスタックするのだろう?
昨日まで、この程度の砂丘越えは軽々こなしていたのに・・・・。私が考えている以上に友川の疲労が激しいのだろうか?少し休ませなければならないのだろうか?

・・・・考えあぐねていると、一心不乱にマシーン下から砂をかきだしていた友川が、いきなり天に向かって叫んだ。

「良い人間になります!だからここから出してください!」


 昭和の中ごろに生まれ、私たちくらいに年齢を重ねた女性は、日本では狭い展望の中でしか生きられないことが多い。 だが、友川はまだ独身で、こうやって好きなことをやらせてもらっている。多くの女性からその自由さをうらやましがられたり、「理解はできないけれど、なんだかすごい人なのねっ」と、思われている。私も普段はなんてことのない生活をしているけれど、確かに普通ではないのは認める。普通じゃないところにフィルターをかけずにいると、なんだかとんでもない人間のように思われがちだ。
 ただ、こういう何の制限もない大自然の中では自分の本質が見え隠れしてしまい、それが痛かったり、辛い時もある。今の「良い人間になります」には、普段、決して人には見せようとはしない友川の中に隠されている女性的な弱さが遠慮なく現れたからなのだろう。それプラス、知りたくなかった自分自身の感情が、こんな自然の中で顔を出したら、・・・やっぱり天に向かって謝るしかない。
 昭和的狭い展望と感情にフィルターをかける日常の方が、知らなくてもいい自分を知らぬままに生き抜く最善策なのかもしれない。

「頑張ろうね」

「・・・・頑張ってるよ」

以降、無言で砂を掘る。

 そういう私も、スタックの回数が重なるにつれ、肉体的だけでなく精神的にも苦痛になってきた。自分の感情を冷静にコントロールするのが面倒だ。だが、もし本当にここでコントロールを放棄したらナビとして最低だ。理性という平均台を歩かされていて、一歩間違えたら大嫌いな自分の中に落ちていきそうだった。イライラしている。・・・ただ、ナビとしてのプライドがかろうじてバランスを保ってくれている。そんな感じだった。

 砂を掘る手を休め、どうしたものかと天を仰いでいると後方から2台のメディアカーが現れた。2台とも止まってくれて快く手伝ってくれた。

それでも、なかなか脱出できない・・・・。

「大変だな。2駆でここまで来たのか?」
「・・・・え?」

・・・・今、なんて言った?

「気がつかなかったのか? 見てみろ。前輪が回ってないだろう?」

「え~~~~~っ!!!!」

 スタックから脱出する時、どうしたって後ろからマシーンを押す。だから前輪が駆動していないことに少しも気が付かなかった。でも、言われてみればいつもシビアに砂に埋まっていたのは後輪だ。そんなことにも気がつかなかった自分が急に恥ずかしくなった。

「やだっ、ちょっとぉ!まこねぇ!2駆ですってよ!・・・2駆!それじゃスタックしまくるわけよねぇ」

神経の図太いおばさん口調になるしかない。友川も自分のドライビング技術以外にスタックの原因があったことでほっとしたのか、二人とも妙なテンションになっていた。

 なんとかスタックから脱出し、その妙なテンションのままメディアの人たちにお礼を言い再びマシーンに乗り込む。
 シートベルトの締まる音が聞こえたのと同時にふっと我に返ったようだった。私たちの頭の上にどーっとの「2駆」の2文字が押し寄せてきた。

「2駆かぁ・・・・。でも、行くしかないよねぇ」
「行くしかないでしょ・・・・」

 常々思っていることだが、名ナビゲーターというのは、ルートブックを正確に解読し的確な指示を出すだけでなく、冷静沈着で自分自身を深く理解している哲学者みたいな人か、そうでなければ、天下一品のお気楽極楽的人間の要素を兼ね備えている人だと思う。私はまだどちらにも含まれていないが、目指すとしたらそれらを足して2で割ったようなナビ。・・・しかし、このような状況下においては、「今まで走ってきたんだから、今からもなんとかなるでしょ!」というお気楽ナビの方が救われるような気がする。

2009年10月18日日曜日

1月14日  レグ13 Deep Blue eyes

ネマ~ティジクジャ 751km(SS747km)


 レグ13の今日、故ティエリー・サビーヌが1985年に発見し、初めてナビゲイ-ション走行を行った当時と同じルートを走る。由緒あるステージを走るというのに、ワクワク感が足りない。絶対的に睡眠不足で、全てにおいて感覚が鈍くなっているように感じる。


 そんな状態だったのでスタートしたばかりの15km辺りでついにミスコース。すぐに気がついて引き返してもらったが、愚鈍な自分に腹が立って仕方がなかった。今日のステージは、GPSを追うよりも正確にルートブックを解読することが重要だって昨日のブリーフィングで言われていたじゃないか!轍に惑わされないようにしなきゃならないのに!一瞬の判断ミスがミスコースにつながり、タイムロスにつながってしまう・・・・。かなり落ち込む・・・・。


「私のスタックに比べたら、どうってことないよ!」


友川のこの言葉がなければ、しばらくは自己嫌悪に陥ってなければならなかっただろう。


・・・・私たちのマシーンに車載カメラが乗っかっていなくてよかったって思う。こういう青春ドラマみたいなこと、後で見たら恥ずかしすぎて笑いが止まらなくなると思う。







・・・・ドライバーはドライバーの辛さを、ナビはナビの辛さをかみしめながらゴールを目指す。
心と体を酷使しないとつかみとれないゴール。だから、耐えることに限界がなくなっている・・・・。


 スポーツの世界ではよく「心・技・体」と言うけれど、全くその通りだと思う。「完成された自分」、「理想の自分」という意味でもそうなのだろうが、ラリーの場合、1秒1秒を真剣に、「心」と「体」そして「技」に取り組まないとならない。私の中ではこの3つがレース中における理想的状態の棒グラフのようになっている。日々、同じことの繰り返しのようだけど、その繰り返しの中から「得ること」と「捨てること」を学べばいい・・・・。


色々なことを考えながら、その後は何事もなく進んでいた。


できることなら、あと5ミリでもいいからアクセルを深く踏んでほしかったくらいで・・・・。


そんなふうに進んでいた353km地点・・・・・、突然にマシーンが吠えた!


バホ~~~~ン!!!!


回転数が一気に上昇・・・レッドゾーンにまで達し、もの凄いエンジン音。


マ、マシーンが吠えている(><;)

いったい何が起きた?
エンジンを止め、ボンネットを開けてみたが、何もわからない。

 もう一度エンジンをかけなおすと、何事もなかったように、いつものエンジン音にもどっている。
「?????」
運転に支障はなさそうだ。なんだったんだろう???? 

この「なんだったんだろう?」は、後に 私たちを焦らすことになるのだが・・・・、この時は「何故?」を追求するより先に進んだほうが賢明だと判断した。ここまで来てマシーントラブルで泣くなんて絶対に嫌だ。しばらくの間、マシーンの機嫌を取るかのように押さえた走りをするしかなかった。

 だが、まだ今日のコースの半分ほどしか走っていない。こんな走りで大丈夫なはずがない。少しずつスピードを上げるように促すが、時間が進むにつれ友川は何度もスタックを繰り返すようになっていた。私は、ついに友川の疲労がピークに達してしまったのだと思っていた。




 何度も何度もスタックを繰り返し、「象の岩」と書かれたポイントになんとかたどり着く。

確かに・・・・・巨大な象がそこにいた。なんという景色・・・・・。自然は素晴らしい芸術を生む。

できることなら、この感動的な景色を堪能したかった。あの巨大な岩の下に立って空を仰ぎ見ることができたらどんなに素敵だろう・・・・。

近くに村が見えた。こんな景色に囲まれて生活している人々がうらやましかった。きっと心もきれいなんだろうな・・・などと考えられたのはほんの一瞬で、私たちのマシーンは柔らかい砂の上をウゴウゴと進んではスタック・・・・。それからは、スタック。掘る。押す。追いかける。スタック。掘る。押す。追いかける・・・・を、何度も何度も繰り返した。本当にへとへとだった。30分以上かけて砂を掘り、やっと脱出したかと思うと、1メートルも進まずにまたスタック・・・。たった何十メートルに相当な時間を費やしている。この調子では私の視界の中から象の姿が見えなくなるまでには相当かかりそうだった。すると、・・・・どこからともなく2人の女と数人の子供たちが近寄ってきた。フランス語にには聞こえなかったが、何を言っているかはすぐに想像がつく。「手伝ってあげるから、何か物をよこせ」・・・だ。一体、誰がこんなシステムを教えてしまったのだろう?せっかく心のきれいな村人達を想像していたって言うのに、台無しだ。

「お金も、あげる物も何もないから手伝わなくていい!」

彼女たちを完璧に無視しながら砂を掘り続けた。

・・・ヘトヘトとになりながら砂を掘り、ようやく脱出を試みたが30センチほどしか動かない。無情にもタイヤが砂深くに沈み込んだだけだった。

すかさず、彼女たちは、「だから、何かくれたら手伝うって」、みたいなジェスチャーを繰り返す。

悔しかった。私のささやかな想像が打ち砕かれたことと、無慈悲に過ぎていってしまう時間が私に悔し涙を流させた。

「あなたたちは物やお金をもらわないと、困っている人を助けないの?邪魔だから帰って!」

いい加減頭にきて日本語でどなり散らした。彼女たちは一瞬怯んだが、それでもその場を立ち去ろうとしない。

「もうやめてー!」

そう叫んだのは友川だった。え?一体どうしたんだ?いつも強気のはずの友川が涙声になっている。

・・・どうだっていい。泣きたいんだから泣かせよう。2秒ほど間隔をおいて私もつられたようにワーワー泣き叫んだ。・・・私も友川も、耐えながら戦ってきた疲れや、心の中の行き場のない感情を一気に吐き出し、村人たち八つ当たりをているみたいだ。・・・・泣きたいときに泣くって気持ちいい。数分もしないうちに、いつしか二人ともわざと「わーっ!」とか、「ギャーッ!」とか言いながら砂を掘っていた。なんだかおかしくなってきてクスクスと笑いだす。・・・・その様子が奇異に映ったのだろう。女の人たちはそれ以上何も言わなくなり、私たちのことをただ見ているだけだった。

 私たちの叫び声が村にまで聞こえたのか、2人の男がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。頭のターバンも身につけている民族衣装もきれいな青色・・・・。トアレグ・ブルーだ。それを見て、またモーリタニアにも追ってきていたことを思い出す。

 女たちは彼らに向かって何かを言い、彼らも何かを言い返す。そして、ためらった様子もなく砂を掘るのを手伝いだした。通じるかどうかわからなかったけど、手伝ってくれても何もあげられないことをフランス語と英語と日本語を混ぜて伝えてみた。・・・目が合う。男がなだめるように優しく頷いた。

・・・・譬え様のないくらい美しい目を持った人。何もかもを見透かしてしまうような、深いブルーの目。言葉ではない何かで語りかけてくる。それに応じるように、私たちは無言で砂を掘った。女たちは去って行ったが、残っていた子供たちも手伝ってくれて、ようやくシビアなスタックから脱出することができた。大きなオレンジ色の太陽がかなり傾いている。もうあと10分もしないうちに日が落ちるだろう。急がなければ・・・・。何もあげられないことをわびて、私たちはこの砂漠の民に別れを告げた。

なぜか切なさに近い安堵を感じていた・・・・。

きっと、私は、あのディープブルー・アイズを忘れることはないだろう。

あの目の美しさはこの砂漠の美しさに匹敵していた・・・・。

2009年10月14日水曜日

1月13日 レグ12 痛すぎ・・・・。

トンブクツウ~ネマ  566km(SS551km)

 スタートしてすぐに砂丘越えがあった。
「これはもう勢いよくアタックしていくしかない!」
という友川の裏をかいたように、3つ目の砂丘がすり鉢状に下っていた。
「うわーっ!!!」
友川は叫びながらこの危険を回避しようとしたが、勢いのついたマシーンをコントロールしきれずにそのままマシーンの頭から砂丘下に突っ込んでしまった。

・・・・首にかなりの衝撃(ToT)

マシーンはどこも傷めずに済んだが、その後のキャメルグラスを走らされるステージでは2人共どうにもならない首の痛みを抱えて走らなければならなかった。

 ヘルメットの重みで傷めた首が悲鳴をあげる。
両手で頭を支えるしか方法はなかったが、とにかく痛くて、辛くて・・・・。

辛すぎて、この先のことはほとんど覚えていない・・・・・。

 やっとの思いでビバーク地に着くと、9ページにも及ぶルートブックの書き換えが私を待っていた・・・・。地獄だ・・・・。

 大抵のことは我慢してしまう私だが、この首の痛さだけは我慢できない。我慢できずに「魔法の手を持つ男」と呼んでいるトレーナーの元へ駆け込んだ。

「首の2番目の骨がずれてました。一応、もとに戻しておきましけど、重症なので気をつけてください。」
・・・こいつは天然か?
「あのね、私は明日も重いヘルメットかぶって一日中マシーンの中で揺られっぱなしなのよ! どう気をつけろって? それでも大丈夫なように治して!」
そう、突っ込みながら首を回すと、嘘みたいに痛みが消えていた。

「お~~~っ!痛くないっ!」
「はい。大丈夫なように治しておきました。けど、気を付けてください!」
「・・・・はい。気をつけます。」
この子の手は本当に魔法の手だ。

自分のテントに戻って時計を見ると、すでに4時半。
また2時間しか寝られない・・・。

それでも、こんな風にボロボロになりながら戦っている自分が心地よかった。

本日の順位は45位。総合50位。

2009年10月13日火曜日

1月12日 レグ12 やればできるじゃない!

ガオ~トンブクツウ 420km(SS411km)

 ほとんどのカミオンは昨日の夜中にガオに到着したらしい。無事でよかった。

 今日は、今大会で最もイージーなコースで、ニジェール川に沿って進む。
スタート待ちをしていると、子供たちが束になって物乞いにやってくる。
ガオは貧しい町なので、あげられるものは何もないと追い払っても、執拗に「Donnez-moi un gatau(ドンネモアアンガトー)攻撃」を仕掛けてくる。どうしても「どうもあんがとー」に聞こえて仕方がない・・・。これは、「お土産をくれくれ攻撃」だ。マシーンの乗り降りの瞬間にボールペンなどを狙った手が伸びてきて、そりゃもう大変な騒ぎになる。
 ここで甘い顔をしたらアウト。飴などあげたりしたら、もっとくれくれ、と子供たちに襲撃される。

 子供たちとのバトルは疲れるので、協賛していただいた学生援護会anのT-シャツを報酬にボディーガードを雇うことにした。ラッキーにも私たちに選ばれた2人の男の子たちは、その辺にあった木の棒で私たちに近寄ろうとする子供たちを追い払ってくれた。まだ中学生くらいの子供なのに中々鋭い目つきだ。その誇らしげな仕事ぶりを写真に撮りたいと言うと、急に子供の目に戻って照れた笑顔を見せてくれた。

 私たちのスタート時間になり、オフィシャルが秒読みを開始した。
彼らはマシーンの横に走り寄ってきて、
「ボンボヤージュ(良い旅を)!」
と叫んでくれた。

 コースは言われていた通り、イージーだった。マングローブの林をリズミカルなハンドリングですり抜け、不安定だったクラッチワークも今日は問題なくこなした友川。うまくリズムを掴んだようだ。前半戦の過酷なステージをクリアーしたことが、友川の自信につながったのかもしれない。そして叩き出した順位は何と39位!
 
 やればできるじゃないか!!!!

 


 

2009年10月4日日曜日

1月11日 ガオ 休息日

 午後4時、私たちは無遠慮なビラの使用人たちに耐えられず、ビバーク地に戻った。
 日が高いうちはテントの中がサウナ状態になってしまうので、その中にいるのは10分が限界。寝るよりもルートブックのチェックをしておくことにした。三菱村には大きなタープが張られ、その下でくつろぐことができる。パスティスを片手にのんびりとチェックをしていると、情報を仕入れにどこかに出かけていた友川があわてて帰ってきた。

「コンボイを組まされた理由がわかったよ!」
「んー?」
「銃撃されたんだって!」
「え?」
「カミヨンが銃撃されて、1台盗まれたらしい!」
「はっ?」
「isuzuのY君たちも、足元に発砲されたんだって!」
「え~~~~っ!!!!」

 バズーカ砲や自動小銃を持った7~8人の盗賊に襲われ、カミヨン1台、4輪2台が強奪されたそうだ。
バ、バズーカって・・・・。

 医療班が言っていた、「一緒に行動しなければならない」って、そういうこと?テロリストがウロウロしてるからってことだったの?
何にも知らずに走っていた・・・・。
いや、もしかして何か言われたのかもしれないけど、それにしてもお気楽過ぎだ・・・・。
こわ~~~いっ!!!
 もしその事実を知っていたらコンボイから抜け出すなんてこと絶対しなかったと思う。
知らないって凄い怖い・・・・。

 



 ここ数年、政治上の問題やマリやニジェールに拠点を置くトアレグ族の部族紛争などによる危険回避のため、千篇一律のようなコース設定だったパリダカ。更にこの20年の間、メーカー間での開発争いでマシーンはモンスター的に進化した。同時に、食事をはじめビバーク地におけるサービスもスタート時とは比べものにならないくらい至れり尽くせりだ。が、それとは逆にパリダカ本来のエスプリである「冒険色」がどんどんと色あせていった。
 オリオール氏はこの記念大会でアマチュアスピリットをレースに取り戻し、冒険レースへの回帰を促すため、様々な改革をおこなった。今回のレースでは競技車両のレギュレーションを厳しく改定し、同機種のみのGPSを使用させるなど、マシーンの能力よりドライビング技術やルートブックを解読する能力を重要としている。
 休息日である今日までを振り返ると、それらの改革だけでなく、オリオール氏は競技者たちの記憶に刻み込むようなコースを用意していた。しかし、それは彼が考えていたよりずっと過酷なものとなり、どの競技者にも混乱を与えることとなった。 そして、それだけでは収まらず、銃撃事件までも起きていたなんて・・・・!!今年のレースは後々まで語り継がれることになるだろう・・・・。

 この前半戦を生き残った競技車両は4輪が51台、カミオンが12台。ベルサイユをスタートした半分以下の数字を耳にして、まだレースに残っているのは、諦めないという「根性」だけではなく、「砂漠の恩情」を与えられたからかもしれないと 感じていた。

 私たちの現在の順位は50位。・・・・現時点ではブービーだ。
色々と思考が止まらないけれど、とにかくもう少し疲れた体を休ませなければならない。 私はブリーフィング終了後、早々に寝袋の中に体を押し込んで、3日分の睡眠を取り戻す勢いで寝ることにした。